「何でアンタがここにいるんだぁっ!?」
こうなることは分かってた。でも、分かっててもどうにもならないことって、やっぱりあるんだよね。とっても残念なことだとは思うけどさ。
23.WIREPULLER 後編
月は高い。ひんやりとしたコンクリートの廃屋の中は風がなくとも、外と同じ程度に寒かった。壊れた壁の一部から差し込むのは淡い月の光。二台のバイクの隣に立つ青年は、叫びの余韻を聞きながら、月明かりに照らされて笑った。
「何で――か。そう言われると凄く困るんだがな。」
ククッ、と喉で笑うテッドの姿がリョウの瞳には悪戯を成功させた子供と重なって見えて、ため息を一つ。それはすぐに白い水蒸気として形をなして、そして消えていった。ちらり、と隣をみやれば、そこにいるのは未だに驚きを隠せずにいるココアブラウン。叫んだクロウに驚いてフィルアスが身体を震わせた拍子に落ちた警備隊の帽子が、彼らの足元に虚しく転がっている。
何と、不運な少年か。姉を助けることが出来たから良かったものの、彼は結局、赤眼の狼の手のひらの上で寸劇を演じさせられていただけたのだ。
――――いや、それは自分もか。なんとも無茶苦茶な寸劇の内容を知るのが早いか遅いか。そこが違うだけだ。
そう思うとリョウは妙に腹立たしかった。
「ほら、もう満足だろ。」
いい加減にしろ、という意味をこめてテッドを睨みつける。だが、それがテッドに効くはずもないことはリョウだって分かっていた。効くとしたなら今までこの狼に振り回されたりしていないのだから。
「まあ、それなりにな。」
「…本当に性格悪いよね、お前。」
「そりゃどうも。――――に、してもまさか連れてくるとはな。」
「予想外?そんなわけないだろ。」
「可能性としては五分五分だと見てた。」
「それは僕がお前の書いたシナリオの内容に気付く可能性?それとも、あの二人を助ける可能性?」
「どっちも含めて、五分だ。」
悪びれもなく笑うテッドに、リョウは言葉を失う他になかった。むくむくと湧きあがってくるのは怒りの感情。
けれどそれを此処で爆発させたって仕方がない。何時かのときの為にとっておく事に決めて、リョウは再びため息をついた。
「もういい。―――さっさとキーを寄越してよ。向こうが馬鹿だって言っても、そろそろ僕がいないことにくらい気付くと思うから。」
「ま、そりゃそうだな。お前のことだ、一人二人くらい伸してきたんだろ。」
「うるさいな!どうでもいいから、キー!」
「おっかねえな。―――ほらよ。」
銀色の鍵が月明かりに照らされながら、美しい放物線を描いてリョウの手の中に落ちた。ひんやりと冷たい。
さっさとこの仕事を終わらせよう。
心のなかでかたく決意して、リョウは一台のバイクへと歩み寄る。しかし、その腕を掴んだものが居た。――――クロウだ。
「ちょっと待て!訳わかんねえよ、話が見えねえし!ケヴィン、これはどういうことなんだよッ!?」
明らかに動揺を孕ませた瞳をリョウに向けて、クロウは叫んだ。リョウの腕を掴んでいない方の手は、強くフィルアスの手を握っている。リョウはその手を振り払うこともせず、すこし表情を和らげた。
「ちゃんと説明する。でも今は時間がないんだ、クロウ。だから今は―――」
「そんなの、信用できるわけねえだろ!!なんかよく分かんねえけど、お前たちは俺たちのことを騙してたのかよ?」
「騙してたって言われりゃ、否定はしないけどな。」
「もうお前黙っててよ。お前が出ると全部ややこしくなる!!」
がるると唸ったリョウにテッドは肩をすくめた。テッドには悪意はない―――けれど、恐らく悪戯心はある。
そんな扱いにくい男にため息をひとつ零して、リョウはもう一度クロウとフィルアスの前に向き直った。もう、時間がない。こんなことをしている場合ではない。
「とにかく時間がないんだ。絶対に説明するから、それぞれ僕らの後ろに乗って!」
「そんなこと―――」
「約束、しただろ?今から起こることにどれだけ驚いても腹が立っても逃げ切るまでは僕のいうことを聞いて欲しい、って。」
「それは…言ったけど。」
「絶対に二人は安全に返すから。約束するから。だから、頼むよクロウ。」
リョウが真っ直ぐにクロウを見つめた。クロウは少し言葉につまってから何か言い返そうとしたが、言葉が出ないらしく、また口をつぐんだ。そうして、リョウと自分の傍らにいる大切な姉を交互にみやってから―――叫んだ。
「分かった!!分かったよ!」
彼は半ば自棄になっているようにも見えたが、リョウはその言葉に安堵して微笑んだ。クロウは大きく一つため息をつくと、リョウを見据えて言った。
「信じて、いいんだよな。」
「信じてくれるなら、期待にそう働きはするよ。安全にキミたちを逃がしてみせる。」
綺麗にわらったリョウにクロウは決意を固めたように、下唇をギュッと噛んだ。月はまだ力強く彼らを照らしている。クロウの耳元の黒曜石のピアスが、月明かりで光った。
「信じるから。後でちゃんと説明ってのもしてくれ、お前らのこと。」
「分かった。都合がいいことに警備隊用の無線も二つある。これは耳にかけるタイプだからバイクを運転しながらでも使えるし、プライベートチャンネルであわせておけば本隊の人たちにも僕らの会話がもれることもないだろう。少し風がつよくてお互いに聞きづらいかもしれないけどさ。―――テッド、そのバイクにマップシステムはある?」
「一応は。だが、運転にオートシステムはねえから、手動運転だ。ついでにいうと通信機能はお前らの無線の電波と混ざるから使えねえと思うぜ。」
「そう。じゃあ、やっぱり僕らの後ろに一人づつ乗せて、あとは例の場所で落ち合う。非常時の連絡はクロウか無線を通してやって。それでいい?」
「オレは構わねえぜ。そのガキが承諾すればの話だがな。」
「…クロウ、君もそれで構わないよね?」
「選択肢なんてないんだろ?だったら腹くくるだけだ。」
「よし。じゃあ、決まりだ。」
豪快なエンジン音が、廃屋のなかに鳴り響いた。
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