「だから、僕らは仕事で“とある競売品”を盗みだそうとしていたんだ。」
耳元から聞こえた少年の素っ頓狂な声に、リョウは繰り返してそう答えた。
24.END RUN
――――グロム共和国中央アイズルーベルト区。
国営ホールや博物館、国立図書館など大きな建物ばかりが並ぶこの地区はグロム共和国のなかでも特に整備の行き届いた場所だ。
リョウは基本的に滑らかな道の上を快適にバイクで走りながら耳元の無線から聞こえる声にため息をついた。それとほぼ時を同じくして、青い髪がはみ出ているヘルメットが、リョウの背中にこつんと当たった。
「フィルアス…大丈夫?」
リョウは後ろを向くと同乗人の様子を窺った。色付きのヘルメット越しに見える顔は随分と眠そうである。
そして、フィルアスの様子を尋ねた言葉がインカムを通って向こうに通じたのか、“フィルアスがどうかしたのか!?なあ、ケヴィン!?”という慌てた言葉のあとに、“あるわけねぇだろ。お前、うるせえよ。”なんていう冷めた言葉が遠くから聞こえたりするわけで。リョウはとりあえず“なんでもない”という言葉とため息を返した。こちらの声がそこまで伝わっているということは、彼らはもう既に目的地についているのだろう。
「話、続けるよ。僕らは仕事で競売品を盗み出そうとしていた。そして、その為に僕は警備隊に紛れ込み、そっちの奴は客としてあの競売場に乗り込んだ。そっちの馬鹿については本当のところ何やってたのか詳しいこと何も話してくれないから僕も良く知らないけど……僕の役目は、その競売品をあの部屋から持ち出すことだった。とりあえず、ここまで理解した?」
「…………とり、あえず。」
風が強く、音が少しばかり拾いにくい所為か。それとも、他の理由か。恐らくは後者であろうが、少し間を置いてから歯切れ悪く答えたケヴィンの声が耳に届く。
リョウはゆるやかなカーブを曲がりきり、少しばかりズレたインカムを片手で器用に直すと、一度、息を吸った。
「そこで、僕らは必要だった。現場を騒がせて、僕らから目をそらさせる存在がね。……まあ、これは一応僕の推測に過ぎないんだけど、90%当たってると思うよ。」
「は…?どういう、ことだよ。」
「ちょっと、そこの馬鹿に聞いてみて。“僕の推測、当たってるか”って。それで通じるはず。」
訳が分からない、と。明らかにその心情が声音に表れているケヴィンが、少し離れた声でテッドに尋ねたのがリョウには分かった。そうして、返ってきた答えも、遠くからではあるが聞き取ることができた。溜め息が、白い息に変わる。
「ケヴィン、答えは―――」
「―――“大当たり”、だろ?」
「ああ、その通りだよ。……つまり、だからどういうことなんだよ!?」
業を煮やしたようにケヴィンが叫ぶ。
別にリョウだって焦らしているわけじゃない。ただ単に、あんまり説明するのに気が乗らないというか、できるなら説明したくないのでどうにも此処まで遠まわしになってしまっただけなのだ。大きく息を吸って、吐き出す。何で僕はいつもこういう役回りなんだろう、というかこういうことってテッドが説明すればいいんじゃないか?そうに違いない、なんてことを数秒間のうちに頭の中で考える。けれど、元来の性格の所為か、その口はゆっくりと説明の言葉を紡ぎだすのだ。
「つまり、君達は僕らが安全に逃げるための囮にされたってこと。君達の騒ぎが起こっている間に、僕らは悠々と逃げるって手はずだったんだよ。そこの男の計画ではね。」
「……な、嘘だろ、それって―――」
「――――囮とか捨て駒とか、ってか?ビンゴ!だから、俺はコイツにわざわざ警備員セットを与えたってわけだ。作戦開始時刻の手引きまでしてやってな。あと、お前が怒る前に言っとくが、そっちの美人サンが人身売買されそうになったことについては俺の手回しじゃねえぜ?たまたま利用できそうなシチュエーションが転がってたから利用しただけだ。」
「安心して。そのくらい分かってるし、もう既に怒ってるから。」
「わお、それはそれは。今夜は姫様の機嫌取りで眠れそうにねぇな。俺、疲れてるんだけど。」
インカムの相手はいつの間にか例の狼へと変わっている。
冷ややかな声で応答してやりながら、リョウはその狼の声の向こうでクロウが狼狽した声をあげているのが聞こえた。この高性能無線はどうにもよく騒音を防いでくれるらしいが、どうせならこの狼の声も騒音と認知してくれたなら良かったのに。
「お前が性格改めてくれたら、僕はそれだけで上機嫌になれるよ。」
「悪い、昔からこんなんだから今更変えろって言われても無理な注文だ。それにお前だって俺の性格好きだろ?どうでもいいから、さっさと来いよ。遅せえ。」
「僕が一回でもお前の性格が好きだ何て言ったことがあったか!?大体、ろくな情報も与えられずに連れて来られた僕は、お前と違ってこの辺の道には明るくないんだよ!でも、多分もうすぐ着くと思う。それまでクロウのこと宜しく。」
「ああ、了……―――…し、―――……か…?」
「……なに?ごめん、電波悪いのか聞こえな―――……っ…!」
裏路地に入ったからであろうか。ザザッと無線にノイズが入り、リョウが少し顔をしかめたそのとき―――道を塞ぐように両手を広げて、飛び出してきた人影が一つ。
慌ててブレーキをかけると、キキィッ…!という摩擦音が夜の路地裏に木霊した。あまりにもいきなりの出来事でリョウもフィルアスに声をかける余裕がなかったが、それでもフィルアスはリョウの背中にぎゅっとしがみついてくれたようで、二人に怪我はないようだ。
どうにか、止まる事ができた―――…。その安堵が心に広がれば、次に目を凝らして前方を見つめる余裕が出てくる。
いまは月も突然の群雲に隠されている。薄く広い暗闇が支配する路地裏にぼんやりと浮かぶのは、ブレーキをかけるまえにリョウの瞳に映ったのと同じ一つの人影。
「――――――…見ツケタ。」
路地裏に響く、冷たく無機質な声。
暗がりのなかでは人の形をした黒い靄のようにも見えるそれが、一歩づつ近づいてくるのが分かった。ひたり、ひたりと着実に近づいてくるそれ。流れゆく群雲から逃れた月がわずかに浴びせ始める光に照らされる。
「共鳴者、私達ノ玩具。」
――――さあ、グランギニョルよ。
月明りに照らされた赤髪。真っ赤なルージュが月の下で弧を描いた。
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