僕の直面している状況は
――――とりあえず、妙に複雑だって事は確かだ。
あぁ、本当に厄日だな、今日。
22.let out a scream of terror
「クロウがフィルアスと姉弟で、フィルアスは競売で人身売買されそうで…―――?」
「で!!それを助けようとオレは警備隊に紛れ込んだ…というわけさ。」
「……とりあえず、信じにくい話だね。」
「だから!!事実なんだよ!俺とフィルアスは姉弟な――」
「ストップ。声が大きい!」
リョウに口をおさえられたクロウがもがもがと小さくうめいた後に押し黙る。そのクロウの右手の先では、青い髪を隠すために警備隊の帽子をかぶったフィルアスが、可愛らしく、首をかしげているのが目に入った。
この二人が、姉と弟。リョウはその言葉を信じていいものかどうか迷った。
―――結局、リョウは二人を連れて逃げた。
第一の理由として、クロウの話を聞いたからだ。その話を簡単にまとめるとこのような感じである。
檻の中にいたフィルアスと、自分の隣で彼女の手を引いて走るクロウは姉弟であり、街中で拉致されて裏オークションに出されることになった姉を助けるために、警備隊に紛れ込んで、隙を見計らい、フィルアスを連れ出した、と。
そして第二の理由は、この二人とテッドとの関連性。
あまりにも上手く出来た話である。そう思ったリョウは、ふと一つの結論に辿り着いた。恐らく、この話からして後ろでこうなるように糸を引いているものがいるのだろう。クロウに尋ねたところ、自分を手引きしてくれた人がいるのだという。
しかも、その者に、リョウは心あたりがあった。その者が関わっているということは、多少自分にも責があるということ。
それに気付いてしまった今になって、二人を置き去りにするほどの残忍さは無いわけで――――
リョウは、小さくため息をついた。
「うーっ!!ううーっっ!!」
「あぁ、ごめん。」
小さくうめくクロウに、リョウは回想から引き戻される。呼吸困難に陥りかけているクロウから、慌てて手を離した。
「俺を殺す気かよ!?」
先ほどよりも幾分か声を押さえて、クロウは言った。
「止まって。」
あと少しで、外へ繋がる裏口へとたどり着く。その寸前、角を曲がる少し手前で、リョウはクロウとフィルアスを制した。
微かに。ほんの微かにだが、足音が聞こえたのだ。
「声、出さないで聞いて。出口は近いけど、今は人が来てる。」
“あれが、外に出られる裏口のドアだよ”
リョウは視線で右に曲がったほうにあるどのドアかをクロウに伝える。頭に叩き込んだテッドの――もといレオンの―――地図が正しいのであれば、間違いはないはずだ。
リョウは足音の速さと音の大きさから、およその距離をはじき出した。ドアは近い。全力疾走すれば、あわよくば逃げ切れるかもしれない距離にいるようだ。まぁ、それもただの予想にすぎない。もっと遠いかもしれないし、もっと近いかもしれない。
とりあえず、前者であることを祈るばかりなのだが―――このまま、この何も隠れる場所の無い一直線の通路にとどまって見つかるか、五分五分の可能性に賭けて、ドアまで駆けるか、もしくは――――
「いい?クロウ。」
彼らを先に走らせて、此方に来る奴らを軽く叩き潰すか。
「フィルアスを連れて、あそこまで全力疾走して。僕があいつら止める。」
「ッ!?な、な――」
「問答無用。捕まりたくなかったら言うとおりにしろ。」
ニヤリと笑って、トドメの言葉を。押し黙ったクロウの肩をリョウがぽんっと叩いて、
「じゃぁ、グットラック。」
三人が、同時に床を蹴った。
「なっ!あれは―――ッ!!」
警備員の男が、叫ぶように声をあげた。
目の前の曲がり角から、自分が探している少年と娘が現れたのだ。しかも、その二人は走って裏口から出ようとしている。警備員の男は慌てて、足を速め、走る。
―――顔面直前に同じ警備服のズボンを纏った足が伸びていることに気付くまでの話だが。
「とりあえず、ゴメンなさいっ!」
曲がり角のところに残っていたリョウの左足が、警備員の男の顎元にクリーンヒットした。蛙がつぶれたときのようなうめき声をあげて、男は倒れてゆく。
視界の端に、それを確認しながらリョウはもう一度構えた。今、警備隊の者は二人体制でクロウとフィルアスを捜索しているのだ。だから、もう一人の警備員がいるはずなのだが――――
「あれ、いない…?」
そこには誰もいない。
のびている男がひとりいるだけだ。足音は、確かに二人分したはずなのだが―――そこにいるのは一人だけ。
「まぁ、いいか。」
だが、二人より一人だった方が都合がいい。
二人だったら、もしかすると少し危うかったかもしれない。何があったのかなんてことは知らないが、リョウはとりあえずその幸運に感謝してから、目の前でのびている男に小さく謝罪をいれると、裏口のドアへと足をすすめた。
―――何処かの暗闇で、声にならない悲鳴が木霊する。
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