「えっと…つまりはクロウが娘を逃がして、一緒に逃げてると?」
「あぁ、そうだ。」
――――嘘だろ、オイ。
21.INCOMPREHENSIBLE
「で、でも何故…?」
「さぁな。情がうつったか、別の目的か……とりあえず、捕まえれば分かることだ。」
数人の男と走りながら、リョウはこれまでの経緯を知った。クロウが裏競売の商品である蒼い髪の娘“フィルアス”を盗んだというのだ。
「どうして、その犯人がクロウだと?」
「確たる証拠はないが、奴が監視カメラを壊した。」
「……それだけ?」
「いや。奴が盗んだものは娘といえど商品だ。そして、ソレを運ぶ予定だったのは奴だ。」
「……つまり、カメラ破壊の報告の後に、商品が来ていないという報告がきたと?」
「その通りだ。そして、急いで来てみれば案の定。」
走りながらも喋りつづける男に、リョウも舌をかまぬように気をつけながら相槌をうつ。だが、本当は他の事で頭はいっぱいだった。
この調子だと、テッドとの約束の時間に間に合わない可能性がでてくる。クロウとフィルアスのことは気になるが、今はどうにかしてこの状況を抜け出さなくては。
「よし!!とりあえず、ここらで散らばるぞ!!」
先ほどまでリョウと話していた男がそう叫ぶ。どうやら、この男が十人足らずの警備隊の隊長のようだ。厳つい顔をしながら、まわりに指示をとばしている。
「お前は俺と来い!!いいな。」
他の者に一通り指示をとばすと、男はリョウに向かって叫んだ。どうやら、何人組かに分かれてクロウを探すようだ。そして、不幸にもリョウのパートナーは、この警備隊長だった。
「Yes’sir!」
表面上はやる気のある返事をして、リョウは心のなかで大きく頭をかかえるのであった。
「見落とすなよ。そんなに長い時間は経っていない。」
“きっと、そこらに隠れているはずだ”と、男は鈍い瞳をせわしなく動かす。
―――今だって、オークションは行われている。そんな中で、もしも競売品が盗まれたとしれれば、警備隊の大失態。つまり、評判もガタ落ち。それだけは何としても防ごうと躍起になっている男をみながら、リョウはため息をついた。
「オイ、新人!!早くしろ!!」
「はい。今行きま―――」
男のイライラがこちらにまで伝わってくる。そんな男の叫び声に呼ばれて振り向いたリョウの目に、あるものが映った。
とある扉の隙間から、見覚えのある青い髪がのぞいている。
「…………。」
リョウは、固まった。
見間違い、ではないはずだ。むしろ、あんなの見間違えるはずはない。呆然としているリョウの視界から、青い髪はするすると部屋の奥へと消えた。
―――これで、見間違いという自分自身への言い訳は砕け散った。
「どうした、新人。」
「い、いえ!!その――」
「何か、あったか?」
―――言うべきか、言わざるべきか。
リョウは悩んだ。報告してしまえば、恐らく問題解決で自分はすぐにテッドの元へ向かえる。
だが、どうにも気にかかるのは“手は打ってある”というテッドの言葉。もし、これが奴の計画の一部であるのなら、このまま二人を差し出すことはできない。そこまで、非情じゃない。
「何でも、ないです。」
リョウは、一つ間をおいてそう言った。
「そうか、それなら早く行くぞ!!モタモタするな!」
目の前で男が苛立たしげに踵をかえす。
どうやら、目の前の出来事に精一杯な彼は、リョウの不審な様子は目に入っていないようだ。だが、このままでこの男についていくことは出来ない。
―――余裕もなければ、時間も無い。
「あの!!待ってください!!」
これは、一種の賭け。
「何だ。早くし――」
「二手に分かれましょう!!!」
「はぁ?お前、何を言い出すかと思――」
「彼が盗人だと知らなかったとはいえ、娘が盗まれたのは僕の責任です!だから少しでも早く見つけ出したい!!」
「そういうなら早く――」
「別々の場所を探した方がきっと早いですよね!!そういって下さると僕は信じていました!!」
「いや、俺は――」
「確かに、多少危険性が増すというのは、重々承知です。ご心配、傷み入ります。」
「あのな、俺は―――」
「でも、そんな事はいいのです!危険だとしても、僕には重い責任がのしかかっているのですから!!」
「待て。だから、何で――」
「だから、僕はこの先を右にいきます!!」
「ちょっと待てと――」
「貴方は左に向かってください!!」
「オイ、だ―――」
「快く承諾してくださるなんて、何て心の広い方だ!!僕は絶対に奴を捕まえます!!」
「………。」
「例え、銃撃戦となり右足を撃たれても、僕は這いずってでも貴方の前に奴を――」
――プチッ。
「えぇい!!分かった!!私は左へ行く!!何かあったらすぐにでも無線で連絡しろ、いいな!?」
ついに、堪忍袋の尾が切れる音がした。
「Yse’sir――!!」
馬鹿丁寧に敬礼して、リョウは叫んだ。これも何も、この警備隊長の怒りを煽るために。勢いよく踵をかえして怒りを語る、彼の背中を眺めながらリョウは口の端をつりあげた。
足音が遠ざかる。聞こえなくなっていく。
リョウは男が去った方向にべぇーと舌をだしてから、一つため息をついた。ポケットに入っている、無線のスイッチの音量を最小にしておく。切ったら怪しまれるので、切りはしない。
「に、しても全く……。」
目の前にあるのは、先ほどのとある部屋の扉。
何の部屋かなんて知らない。しかし、“何がいるのか”ならば知っている。半開きの扉に手をかけて、リョウは不服そうに目をほそめた。
「さて、何てことしてんのか、きちんと説明してくれるよね。」
何故なら、その扉の奥にいるのが、肩を震わせて笑う少年と、状況が飲み込めずに首をかしげている娘だったから。
「お、お前、さっきのホントに最っ高だぜ、ケヴィン…っ!」
小さな笑い声が、その部屋に響いた。
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