何がしたいんだ、あの女。

そういや、今日はレオンの奴にも、こんな感情を抱いたことを思い出す。

ったく、今日は女運最悪だろうな、俺。








20.Too busy to...








『五百。』
「五百五十万。」
『六百。』

時計は十時二十五分を指していた。テッドは自分の言葉の後に続く女の声に、苛立ちを隠せなかった。

「七百。」
『八百五十万。』

他の者が、値を叫ぶのを止めていく最中。彼の後に声をあげる赤髪の女だけが、テッドと競り合いを続けていた。

―――競売率は低いと思ってたんだがな。

心の中で舌打ちをする。正直言って、こんな競売品ならすぐに落とせると思っていた。今日リョウと一緒に店に行った時には何も言われなかったが、その資料にはレオンの字で“競売率は低いはず”となぐり書きされていたのだ。

「八百六。」
『八百六十五。』

確かに、競売率は低かった。
現に今に至ってまで値を叫んでいるのはテッドと赤髪の女の二人。確かに競売率は低いのだが、この女がどうにもしつこく食い下がっている。
―――特に有名な競売品ではないはずなのに、だ。

リョウには何も話していないが、テッドがわざわざ客側についたのには理由が二つあった。
一つは、もちろん客席と言う最も簡単に近づける場所で状況を見るため。何かあったら、携帯で“双頭の鷲”に連絡すればいい。
そして、もう一つは今現在に競り合っている競売品を落とすため。別にリョウについでとして盗ませても良かったが、リョウのリスクが高くなる上に、入手理由を話さなければならない。それに、二人一組というあの警備隊の体制で、しかもこれは表オークションの品だ。そこまでリョウに盗ませる為の時間をつくってはやれなかっただろう。





「ヒュウ!あの兄ちゃん粘るなぁ。」

金髪の青年は楽しそうに笑う。それは無邪気な子供のようで、見た目に十九歳程度の青年の表情ではなかった。その隣で、テッドと競り合っている赤髪の女は小さく溜め息をつく。

「相変わらずにその能天気は直らないのね―――― 八百七十。」

優雅に手をあげて、赤髪の女が値を叫ぶ。
今では、テッドとこの女の一騎打ちとなった競り合いの行方を能天気に欠伸をしている金髪の青年以外は、かたずをのんで見守っているようだ。つくづく、金持ちというのは物好きが多い。

「なぁ、姐さん。そろそろしまいにしようやぁ。」

“俺、飽きてきた。つまらんし堅っ苦しいねん、スーツ”
青年がまた大きな欠伸をした時、鋭いテッドの声が“ 八百八十!! ”と叫んだ。

「黙りなさい。別にアンタに付き合えだなんて頼んでないわ。」

燃えるような赤い髪をかきあげて、女は整った眉をひそめる。その髪に映える赤のドレスから覗く妖艶な細い足が、苛立たしげに組みえられた。

「何や、せっかく手伝うてるのに。大体、金は幾らでも出せるんやろ?」
「まぁね――― 九百。」
「やろ?ジョーカーから貢がせた金がたんまりあるんやから、スッパリ落と――」
「貢がせたなんて人聞きの悪い。共鳴者(シンパイザー)関係ならアンタだって幾らでも使えるはずでしょ?」
「せやけど――暇やねん。俺は動きまわる方が性にあっとるしなぁ。終わらせようや。」
「嫌よ。つまらないじゃない?」
「何やそれ?あいにく俺に姐さんの趣向は分からんわ。」

肩をすくめながら、金髪の男は遠く下の席のテッドに目をやった。見たところ、ただの金持ちの息子のようだ。何故、この女が相手をするのか、その特別な理由が見当たらない。
むぅと顔をしかめる金髪の青年。
だが、その表情は次の瞬間、良からぬ事を思いついた事を思いついた子供のような表情に変わっていた。

「なぁ、姐さん。」
「なに?煩いわよ。」
「普通じゃ、つまらへんのやろ?やったら面白うしたる。」

青年はニヤリと笑うと小さく息を吸った。






『一千五百万や!!』

後ろから、嬉々とした男の声が聞こえる。その言葉の内容を聞いて、テッドは一瞬自分の耳を疑った。

「――ンの野郎っ!!」

後ろを振り返れば、殆どの視線が一つに集まっていた。どうやら、叫んだのはその視線の中心にいる金髪の男のようだ。しかも、あの赤髪の女の隣にいる。

「一気に二倍近く――かよ。」

九百万から一気に跳ね上がった額にテッドは軽く舌打ちした。
しかし、時間は無い。そろそろ動かなければ、リョウとの約束の時間に間に合わなくなる。
テッドは悩んだ。ここは、如何するべきか。







「馬鹿じゃないの?」
「えぇやん。こっちの方が俺は面白いわ。」
「……だから、アンタと組むのって嫌よ。」
「で、もしもこれ以上あの兄ちゃんが食い下がるなら譲ったり。賭けや賭け。」

クツクツと笑う青年。それはまさに悪戯を成功させた子供だった。そんな青年に女は、ただただ呆れかえったように溜め息をつくしかない。

「まぁ、別に共鳴者付きじゃない神石(しんせき)なんて、放っておいても構わないけど。」
「そうやそうや。ま、それに―――なあ?」

そこまで言うと、声をひそめる。青年は鋭い金色の瞳にテッドの後ろ姿を捕らえてから、

「もし兄ちゃんが競り落としても、必要なら一つ死体が増えるだけやろ。」

狂気を秘めた瞳で、笑った。






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