今となっては見慣れた扉。

この先に広がる光景に、作戦成功への一歩がかかっているとしても、

僕は特に心臓の鼓動を早めるでもなく、ドアノブに手をかけた。

別に失敗したならしたで、アイツを置いて逃げる気満々だし。









19.展開









「ただいま。」

小さな部屋に木霊する言葉に返事は無い。
その事にテッドの策が成った事を確信して、リョウは小さな息をついた。察するところ、成功に対する安心半分。失敗してなかった残念さ半分。そんな意味がこもっているであろう息をついた後に、リョウは宝部屋へ足を進めた。
パチッという音と共に微かな明かりが灯る。リョウは部屋の奥にあるガラスケースの前まで行くと、その回りを軽くみまわした。セキリュティは簡単な警報装置のみ。

「これなら、五分くらいか。」

今は十一時十五分。ちょうど表オークションの後半が始まったくらいだろう。
リョウは、そう呟くと制服のポケットに片手をつっこむ。リョウは幾つかの小さな鉄の棒と、小さな袋に入った宝石を取り出した。そして、手馴れた手つきで鉄棒を扱う。小さく金属が擦れる音が、部屋に響いた。

―――ちなみに、クロウが帰ってくることはない。

何故かというと、これもテッドが何かしらの手をうっているらしい。彼いわく、最低でも十五分。絶対に誰もこの部屋に来させないという。

『手荒なことやってなきゃいいけど…。』

そう、クロウの安否を心配したその時、小さな音が聞こえ、警報装置が外れた。

「五分も要らなかった。」

リョウはそっとガラスケースのカバーを外すと、神秘的に輝く透明な宝石を見つめた。

「太陽の泪、か。」

そういや、何処かの神話に十一人の神が流した涙が宝石となった―――という話があったな、と。リョウは頭の片隅でそんな事を考えながら、着々と作業をすすめる。
そして、リョウ帽子を被りなおした頃には、本物の太陽の泪がそのポケットの中で、神秘的な存在感をひそめ、ガラスケースの中でレプリカが偽りの輝きを放っていた。




キィ。―――カチャン。

微かな明かりさえ消えた部屋から、リョウが姿を現す。右手でくるくるとピッキング道具を弄びながら、ふと、腕時計に目をやる。
―――― 十一時二十五分。
テッドが次の行動を開始するまでに、まだ五分近くある。まぁ、彼の次の行動と言えど、逃げるための算段なわけだが、リョウはとある場所に十一時四十五分にいればいいのだから、二十分程の余裕があった。
いきなり、行動開始を遅らせると言い出したテッド。別に何か支障があるわけではないが、その意図が気になる。まぁ、聞いてもはぐらかされるのが落ちなのだろうが、やはり、引っかかるものは引っかかるのだ。

―――ダッダッダッダッ。

ふいに、リョウは思考を止めた。
複数の足音がどんどんとこちらに近づいてくる。徐々に大きくなり、少しづつスピードの落ちてくる足音から、リョウは気づいた。

「ちっ。あの馬鹿。なんかやらかしたわけ!?」

その足音はこの部屋に向かっていることを―――
小さな声で悪態をついて、素早くピッキング道具をポケットに戻す。確かに、十五分間は誰も来なかった。その後にクロウが帰ってくるという事なら分かるが、この足音は多すぎる。
だが、問題はないはずだ。あの人数ならどうにかなる。動揺を隠すため、大きく深呼吸した―――その時だった。

ダンッ!!


「おい!!奴は何処だっ!?」

大きな音と共に乱暴に扉が開け放たれた。数人の男が一斉になだれこんでくる。
リョウの額を冷や汗が伝う。数人の男に宝部屋に行くよう命じてから、一人の男がこちらへ歩み寄ってきた。

「――オイ、お前。」

男が低い声で凄んだ。

「……何事でしょう?」

驚いた表情をつくろって、リョウはたった一つの出口へと目配せた。距離は目算で約五メートル。自分の周りにいるのは、宝部屋に行った人数を除いて二人。実力行使は、多少骨が折れそうだが、扉までこの距離なら無理ではなさそうだ。
本当はこんな騒ぎになるような事、したくはないのだが、ここで捕まって、軍の刑務所行きなんてまっぴらゴメンだ。
それに、この警備隊に出した書類も偽造書類。恐らく、自分の身元がわれることはないだろう。

リョウは何時でも動けるように小さく構える。相手はガタイの良い男、気は抜けない。

「奴は何処だ!?」
「奴って誰の事です?」

―――テッドの事まで伝わってるわけか。
思っていたよりも状況は悪いようだ。この際なら、何処まで知られたか聞き出してから逃げた方が得策か?リョウはそんな事を考えながら、男の次の言葉を待った。




「奴だ!もう一人居ただろ!?―――新人のガキだ!!」



――――――…はい?

「こっちはやはりいません!!檻の鍵も壊されています!」
「ちっ。何故カメラが壊されたのに気づかなかった!?」

リョウの目の前の男がヒステリック気味に叫び返した。全くもって、状況が飲み込めない。

「おい、お前!!あの新人のガキは青髪の娘を連れて何処にいった!!?」






「……あの、どういう事ですか?」

厳しい顔つきで問い詰める男に、リョウはそう尋ねることしかできなかった。









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