出る時にはあれほどざわめきに満ちていたホール内が、
今では薄暗い暗闇と少しばかりの静寂に包まれていた。
コイツ等の唯一の取り得は切り替えの速さか。大発見だな。
18.始動
薄暗く辛うじて足元が見える――というのも、サングラスの所為で更に見えにくくなっているのだが―――状況で、テッドは足早に、しかし、なるべく音は立てないようにと自分の席を目指した。
――リョウには予定変更を告げた。
分かれる間際には納得行かない表情で静止を叫んでいたようだったが、あえて無視した。リョウが刹那に見せたその表情は、予定変更に対して説明を求める表情でもあったからだ。
無言で、自分の座っていた席を目指す。彼の席は『T−31』
その席は中央の最右端という人の前を横切らずにすむ席ではあったのだが、人々は、それでも遅れてきたテッドに小さく視線を向ける。
「………。」
テッドはそれも気にしないという様子で一番右端のある空席を見つけると、その空席の『T−31』という座席番号を確認した。間違いは無い。コートを脱ぎ、席に腰をかける。すると、その行動を合図とするかの様に、パッとスポットライトがステージを照らした。
『只今より後半を開始いたします、パンフレットは二十四ページ―――』
だが、そのスポットライトが照らしたのはレオンではなかった。その事はテッドに無関心な表情を“装わせる”のと同時に心に小さな動揺を孕ませた。
――――レオンじゃねぇのか?
ステージ上に立つのは黒いタキシードに身を包んだ男。レオンと一つさえ重なる所のないその姿は――頭が司会者レオンだと強く認識していた所為だろうか――テッドに大きな違和感を与えた。
『ま、いいか。』
しかし、すぐさまその違和感は思考の彼方に消えた。何やらあっさりと引き下がりすぎのような気もするが、テッドは決めていたのだ。
『―――アイツの行動を予想して、ロクな事にあった例がねぇ。』
だから“レオンの事であれこれ思考を巡らすのは止めよう”と。それに大方の理由は分かっている。以前に、それよりも何よりも、今は目の前の目的に専念すべきだ。
テッドは考えていた。そして、目的を達成するのにあたってレオンがいない方が好都合なことに気付く。
手元においたパンフレットをパラパラとめくる。そしてあるページを見つけると、そのページが見えるように折り曲げ、膝の上に置いた。
―――目標達成にだけ目を向けていればいい。余計な事は頭から叩きだせ。今、自分に必要なのは“二つ”の目的を達成することだ―――
思考が、すぐさま切り替わる。
テッド・ベルスティーは、元がこういう人間なのだ。物事を一瞬にして識別、判断し、自分の利へ進むようにと思考を切り替える。だが、彼をそうさせているのは彼の中に刹那に姿を見せる“執着心”だった。そう、“目的達成への執着心”“自分の描く構図通りに事を進める貪欲さ”。
例えるならば、逃げる獲物を知略で追い込む、野生の“狼”のような―――
テッドは暫くパンフレットを眺めていたが、ゆっくりと顔をあげた。サングラス越しに紅の瞳がステージを見据える。
様々なざわめきが波のようにホールを埋め尽くす中、テッドは小さく笑った。その“笑い”は彼を知らない者にとっては、特に笑ったようには見えなかったかもしれない。だが、テッドは確かに小さく笑ったのだった。擬音をつけるとすれば“ニヤリ”という擬音がピッタリであろう不敵な笑い。
それは彼の自信と彼の相棒への信頼からくる、作戦成功の確信だった。
狼は動き始めた。
一つは太陽の泪の奪還へ向けて。
一つは、その作戦開始を遅らせてでも、ある“獲物”を“捕獲”するために。
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