スピーカーからもれる声に驚くと同時に

僕は会場でその声を聞いているであろうテッドの姿を思い浮かべた。

うわ、テッドってば可哀想だなぁ。





16.声と微笑み






「お、驚いた。オークション会場の声か?」
「た、多分そうだとは思う。」

少しばかり驚いたという表情を浮かべた後に、スピーカーを見て言う。そんな言葉に、必死にテッドの事を頭から払い出しながら煮えきらぬ返事を返した。だが、テッドの事に払い出せば心に浮かぶのは別のこと。

―――…どう考えてもレオンの声だったよなぁ。

淡々とスピーカーから流れる声を聞きながら、心の中で小さく呟く。テッドの驚いた姿を思い浮かべて、笑いを堪えている場合ではなかった。声の主が本当にレオンであるのならば、自分たちの状況は少々まずいものになるのだから。

「…ったく。どうせ放送の奴が間違えてこっちにも流したんだろーな。」

煩くてかなわない、と。
クロウが迷惑そうに呟いたのに対して、リョウも半ば呆れた様な表情を作り同意の言葉を返す。音量の設定もおかしいのか、音量だってなかなかのものだ。檻の中の娘も、端整な顔をゆがめて耳を塞いでいる。
だが、リョウは内心は好都合だと思っていた。こうやって放送が流れなければ、レオンがいる事など知りえるはずも無かったのだ。

「俺、ちょっと文句言ってくる。」

不機嫌そうな顔でスピーカーに向かって悪態をつくクロウが、次はドアへ不機嫌顔を向ける。リョウの意見など聞く気もないらしい。 言うな否や、盛大にドアが閉まる音と共に扉の向こうへと姿を消したクロウ。その、消えた後ろ姿を見送りながら、リョウは苦笑いすると共に幸運に小さく感謝した。



クロウが出て行った宝部屋と呼ばれる安置室。そこには今、スピーカーから聞こえる声だけが流れている。しかも、薄暗いこの部屋の中で淡々と響く司会者の声はどこか酷く場違いで、一歩間違えると、妙な雰囲気と不気味さをこの部屋に漂わせているようだった。

―――変な幽霊でも、出そうかも。

薄暗い部屋を眺めて思う。
温度調整のなされた、熱くもなく寒くもないこの薄暗い部屋に聞こえるのはただ、場違いな司会者の声。非科学的なものは信じていないリョウであったが、そう思うと自然に背筋が震えた。

ああ、妙なこと考えるんじゃなかった!!



――プツンッ。



無機質な音とともにスピーカーからの声が途切れる。



――カチャッン。



大きく、心臓が跳ねた。

高らかにスピーカーを通して響いていた声が途切れた途端に、大きく鉄が擦れ、揺さぶられるような音が、大きく耳をついた。恐る恐る、音のした方へ振り返る。
そこには、黒い布が丁寧に横に畳まれて置かれたリョウと同じ高さ程の檻があった。


「――――…どうかしたの?」


それを見て、リョウは音の原因を悟った。
無機質な鉄の檻の中で鮮やかなスカイブルーの瞳と髪が揺れている。リョウの言葉に対して、檻の中の娘はただ、ウェーブのかかった髪を揺らして微笑んだ。

「―――?」

言葉を返すでもなく、ただ微笑む。その意図が分からず、リョウは怪訝そうに檻に寄った。
近くで見れば見るほど整った顔をしたその娘。
蒼く揺れる髪は、緩やかな波のようにウェーブがかかり、同じ色をもつ瞳はその海を写した空のように澄み切った色をたたえている。そして、その双方と淡い水色のドレスに映えるようにして透き通る白い肌が顔を出していた。
近づいたのは良いものの、リョウは思わずその容姿に言葉を詰まらせる。檻の中にいる彼女は俗にいう“美少女”の名を付けられるに十分な美しい容姿をしていた。
そんなリョウを不思議に思ったのか、今度は娘が檻越しのリョウの顔を覗き込んだ。そして、不思議そうに首をかしげる。

「あ、え、えっとー。」

それに気付いたリョウは刹那にして意識を戻した。
整った顔が目の前にあることに、顔が赤く染まり、内心で感嘆の声をもらす。そんな心中を悟られないようにと、平静を装ってもう一度尋ねた。

「あのさ、どうかしたの…?」

すると、娘は何か言いた気に小さく口を開いたのだが―――
またその口を噤むと、哀しげに目を伏せて俯いてしまった。いかにも哀しげな表情を浮かべる娘に、リョウは訳も分からずに慌てた。
どうしていいか分からず、とりあえず視線を彷徨わせていると、娘はそんなリョウの行動に対してなのか、小さく笑った。

「わ、笑わなくてもいいだろ…っ!」

笑われて恥ずかしくなり、赤くなったであろう顔を見せないように帽子を深く被る。しかし、それでもクスクスという笑い声が収まることはない。
じわじわと更に顔が赤くなっていくのを感じて、リョウは自分自身に呆れて溜息をついた。

「あ、そうだ。君、名前は?」

そして、話題をすりかえるようにしてリョウは尋ねた。
もはやそれは“すりかえるように”ではなく、確実に“すりかえる為に”であったが、とりあえず、一刻も早くこの恥ずかしい状況から逃れたい、というのが本音であるリョウには、話題をすりかえるという選択肢以外思いつかなかった。

「………。」

だが、その選択は間違っていた。
リョウの言葉を聞いた途端に、娘は困ったような笑いを浮かべる。その表情は先ほど小さく俯いた時と同じぐらいに哀しみのようなものを漂わせていて、リョウに大きな不安を心に浮かばせると共に、小さな疑問を浮かばせた。

奇妙な沈黙が続く。
ここで放送室に――恐らく怒鳴り込んで――行ったであろうクロウがいれば、もしかすれば、何かしらの話が続いたかもしれない。だが、何があったのかスピーカーから流れる声は途切れたのにクロウが戻る気配すらない。

「……えっと、ごめん。聞いたら悪かったかな?」

すると娘は、横に首を振る。そして、白くか細い指先で自分の喉元を指した後に、両手をクロスさせてバツの形を作った。

「…え?」

その行動に、リョウは不思議そうな声を出す。
すると、娘は少しだけ考え込んだ表情を浮かべてから、今度は、パクパクと動かした口を指さしたの後に、大きく首を横に振った。リョウが、その意に気付く。



「――――もしかして、話せないの?」



娘は、ちいさく頷いた。
その顔には哀しみとも不安とも似つかないような頼り気ない表情を浮かべて。

「そ、っか。」

その答えにリョウは少し間を置いてそう言うと、小さく笑みを作った。

「でも、大丈夫だよ。問題ないって。」

リョウの言葉に、娘は驚いたように目を見開いた。驚きと不安と微かな希望が瞳に宿っていた。リョウは続ける。

「ほら、別に言葉使わなくたって、結構会話できてたし。」
「………。」

その言葉に呆然としていた様子の娘だったが、すぐにその端麗な顔を緩ませて、リョウに劣らずとにっこり笑った。そんな彼女の様子にリョウも安心する。
――最初から、あんなに怯えなくても良かったのに。
内心、安堵しながらリョウは思った。リョウは“差別”や“差別的”な事を嫌っていた。
多少違うだけで、何が悪いのか。そもそも、基準など統一すれば個性が消えてしまうのだ。それがリョウの持論でもあったし、ある意味では思い続けている信念でもあった。
――それに、差別される側の気持ちなら、痛いほどに自分も分かっている―――


「まぁ、僕の声が聞こえてるって事は、耳は大丈夫…ってことだよね。」

娘は無言のまま、また小さく笑って頷いた。

―――何で、彼女はこんなところに居なくてはいけないのだろう。
それを見て、リョウは薄く目を細めると心の中で呟く。目の前にいるのは見た目から想定しても、自分より少し年上程度の女の子。
自分より少し小さいくらいの、微塵の温かみも感じられない鉄の檻の中に入れられている彼女はきっと、傍から見て誰もが痛々しいと思ったであろう姿だった。

――こんな非合法なことってあり得ない。

そう呟いて、すぐにリョウは思い出した。何を言っているんだ。自分も合法的ではない世界で生きているくせに――全く、どんなお気楽な神経してんだ、自分。

「なら、君―――ってのも失礼だし。やっぱり名前教えてよ?」

そんな思いを振り払うかのように、リョウは努めて明るく言った。そして、その言葉に困ったような表情を浮かべる娘に“話せないなら、指で床にスペル書いてくれれば分かるから”と、そう付け加えて、リョウは愛想良く微笑む。
すると、娘は床に指を滑らせて文字を連ねるかと思いきや、そうではなく、何か思いついたように胸元を探り始めた。
――――スルスルと引き上げられるように取り出されたのは首にかけられていた、銀のプレートネックレス。滑らかな銀板の輝きに負けずとも劣らないほど美しく白い指を一緒に檻の間から出して、娘はそのプレート部分がリョウに見えるようにして差し出した。

「――――“フィルアス・クォーター”?」

滑らかな銀板に控えめに彫られているその名を読み上げる。

「“フィルアス”っていうんだ、名前。綺麗だね。」

リョウが微笑みかければ、娘――フィルアスはにっこりと笑う。そして、今度はリョウを指差して小さく首をかしげた。どうやら、リョウの名を尋ねているようだ。

「あぁ、僕の名前?」

一応、確認のため聞き返すと、フィルアスはコクリと頷いた。

「そっか、自己紹介してなかったっけ。僕の名前はリ―――」

しまった。
リョウは名前を言おうとして、瞬時にそう思った。そう。今のリョウは≪双頭の鷲のリョウ・シルセディア≫ではない。≪新人警備員のケヴィン・クロービア≫なのだ。
気が緩みすぎていた。

「ぼ、僕は―――り、“臨”時で警備員やってるケヴィン・クロービア。」

慌てて言い直す。
多少―――否、かなり無茶のある言いなおしではあったが、フィルアスはそれを不信に思う様子もなく、名を聞いてにっこりと笑った。

「あはは。よ、よろしく。」

小さく乾いた笑いを浮かべて、額に冷や汗を滲ませてリョウが言ったその時。


――――バンッ!!



「おい、ケヴィン!お前、何か呼び出しくらってるぜ?」

勢いよくドアが開くと共に、部屋に響いた元気な大声。リョウは突然のことに呆然とし、フィルアスも驚いて固まっていた。そして、リョウとフィルアスという妙な組み合わせみたクロウも数秒固まる。

「よ、呼び出し…?」

やっとの事でリョウが聞き返した時。時計が。十一時を指した。







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