檻の中には女の子。

意外というより、見慣れないような光景に

僕は驚いて、遠くの足音さえにも気付かなかった。







14.もう一人の新人






檻の中にいたのは、少女―――とは言っても、歳はリョウより少し高い程度に見えるから少女よりも娘といった方がしっくりくるかもしれない。
美しいスカイブルーの瞳と髪を持つその娘はリョウを見ると、嬉しそうにニッコリと笑った。

「あれ、君って―――?」

リョウが何かに気付いたようにそう呟く。
この美しいスカイブルーの髪と瞳――どこかで見た覚えがある。そう思って、記憶をたどったリョウの行き着いた結論は、今日の昼のこと。小さな花の名前のついた店で―――

「確か、オークションの競売資料に載ってた女の子。」

レオンに見せてもらった競売資料に至った。
―――だとしたら、この檻を揺らしていたのはこの娘?



「どうかしたのか!?叫び声がしたけど何事なんだっ!!」



バタンと、ドアが開く音がして、電気をつけたとしても、薄暗いこの部屋を光が照らした。
リョウが慌てて、その方へ顔を向ける。コツコツと軍靴が床をたたくような音が響いた。

「何かあったのか?」

そして、近づいてきた人影にリョウは少しばかり驚く。
リョウと同じくらいの背丈、大きなつばのある軍帽子からは、少し薄いココアブラウンの髪がちょこんとはみ出している。最後に、きわめつけはその少しばかり幼さを感じさせる少年声。その影は以外にも小さいものだったのだ。

「―――こ、ども?」

頭では失礼な事だと分かっていても、リョウの口は自然とその言葉を発してしまう。
目の前にいるのは警備服を着た少年なのだから――

「なっ!お前だって子供だろ!?」
「え、あぁ。ゴメン、ゴメン。悪かった。謝る。」

苦笑いを浮かべて平謝りをするリョウに対して、その少年はさも心外だ!とでも言うようにフンッと鼻をならした。そして、ジロジロと部屋の周りを見渡す。ある所で、その動きはピタリと止まった。
みるみるうちに、少年の眉がつりあがってゆく。

「なに?どうかした―――」
「お前、何かやったのか?」

不思議に思ったリョウが訊いたのを遮って、その少年は低い声で尋ねた。あきらかに怒りを含んだようなその言葉に疑問を覚えたリョウは、ふと、少年の目線の先にあるものに目を向けた。

『あ、ヤバイ―――』

その瞬間、リョウは心の中で呟いた。 少年の視線の先にあったのは娘の入った檻。しかも、リョウの右手は黒い布を持ったままだった。これでは、何かやったと疑われるもの無理は無い。少年の鋭い瞳が、向き直ってリョウを睨んだ。

「してない!誤解だよ、誤解!!」

今から捕まるような事をしようって時に、無罪で捕まるなんて笑えない冗談だ。リョウは慌てて弁解を始めた。

「じゃぁ、その手に持ってるのは何だ?」
「え、布かなぁ?」
「そういう事を聞いてるわけじゃない!何でお前そんなモン持ってるんだって聞いてるんだ!」
「これ?これは、この檻にかけられてて、それで―――」
「取ったのか!?お前、やっぱり何かしたんだろう!」
「いや、そうじゃない―――って、ああっ!面倒だなぁっ!!」

誤解だというのを伝えられないイラ立ちを必死に抑えながら、リョウはこうなるまでの経緯を大まかに話した。




「―――と、まぁ、そんなワケだったんだけど。分かった?」
「本当か?」

睨むのはやめたものの、少年はまだ納得していないらしい。クルリと向き直って、今度は檻の中の青い髪と瞳を持つ娘に尋ねる。

「コイツに何もされたりしてないか?」

すると、キョトとした表情を浮かべたのちに檻の中にいるその娘は、にっこりと笑うと二回頷いた。リョウが、安堵の息をもらす。

「本人がこう言ってるんだから、お前は無罪か。」
「そうだよ。最初からこの子に聞けば良かったんだよね。」

お互いに一息。
そのあと、顔をあげるとお互いに目があった。少年が愛想笑いを浮かべる。

「悪いな、疑ったりして。」
「いや、誤解されるのも仕方ないような状況だったしね。」

その謝罪の言葉にリョウも苦笑いで答える。どうやら、完全に誤解はとけたようだ。

「俺はクロウ・スレイサー。クロウでいいぜ。――――お前は?」
「ああ、えっと―――僕はケヴィン。ケヴィン・クロービア。」

急に名前を訊かれた、ふと頭に浮かんだ偽名を答える。本当にふと浮かんだ名前だったのだが、一体なんの名前だったやら。
そんな事を考えていたリョウにスッと手が差し出される。いきなり差し出されたその手にリョウは目をしばたかせた。

「握手だよ、握手!!短い間だろうけど、ヨロシクな!」

明るく、屈託の無い笑顔でクロウはズイっと更に手を差し出す。

「あ、うん。ヨロシク。」

―――まあ、普通に偽名なんて気付くわけもない、か。
この少年は自分が騙してるなんて事は微塵も思ってはいないんだろう。そう思うと、胸をチクりと罪悪感がさす。
それを隠すかのように、リョウはとびきりの笑顔をつくると、クロウの手を取った。








『レディース&ジェントルマン。大変長らくお待たせいたしました。』


その時。
リョウにとって聞き覚えのある凛とした声が部屋にあったスピーカーから流れた。









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