何で僕はこんな事をやっているんだろう。
豪華な造りの大ホールへと続くロビーの待合室で今更だけど、物凄い後悔に襲われている。
今日は、厄日だ。
11.偽名と信頼と秘密
「じゃぁ、頼んだぜ?」
真っ黒なスーツに身を包んで、紅という瞳の色を隠すためのサングラスをかける。テッドが目の前の人物を見て面白そうに笑った。
「こうなったらヤケだよ。そっちこそしくじるなよ?テッド。」
そして、話しかけれた方は、気高き百獣の王を象ったこの国の紋章――
それが胸に付いている、黒いキリッとした軍服に身を包み、言葉を返す。
「あぁ、それとその名前は言うな。」
「は?」
「オレはお前と違って“赤眼の狼”よりも本名が知られてっから。」
「了解。で、何と呼べと?」
「………おぉ。全ッ然考えてなかった。」
“まぁ、成るようになるだろ”そう言って笑うテッドを見て、リョウは呆れすぎて呆れる気にもならないと、呟いた。
「グラス・マトーン。」
「なんだ、そりゃ?」
「そう名乗れって事だよ、バカ狼。確か今日は来ないはずの大富豪の息子。」
「へえ。じゃあ、ありがたく使わせてもらうぜ。」
後先を考えないテッドの言動に、リョウはただため息をつくより他になかった。
「あのさ。もう少し緊張感持てば?お前が捕まろうと、僕には関係ないけど。」
「なに言ってんだよ。俺たち運命共同体だぜ?オレの事が何かあってバレた場合は―――」
そこまで言うとニヤリと笑って、リョウの方へ手を伸ばすと、
「お前の事も芋づる式にバレるんだぜ?双頭の鷲。オレと共犯って事でな。」
そう続けた後に、リョウの被っている警備制服の帽子のつばをつかんでグイッと下げた。
「それに大体、お前はオレを軍に売るようなヤツじゃねぇだろ?」
「……さあ。どうだろうね。」
「お前は売らねえさ。そこのところは、信頼おいてるからな。」
「……ホンットに性悪だよな。こういう時だけ?」
「そーか?素だぜ、一応。」
自分の目の前をすっぽりと覆ってしまった帽子を忌々しそうに元に戻しながら、リョウが不満げに呟く。そんなリョウにテッドは何時もの調子で返した後に、チラリと自分の腕についている時計を見やった。
「さてと。そろそろ時間だぜ?警備員サン。」
時計が十時を指す。
それを合図とするかのようにロビーの先にある扉が、ギィという音とともに開かれた。その奥には多くの座席と大きなステージが見える。
「じゃぁ、警備員サンは早速お仕事に行ってきますか。」
溜息をつくリョウを見て、テッドは少しだけ笑うと背を向けてホールへと足を向けた。
「ねぇ。」
テッドが数歩足を進めた時、リョウがふいに口を開いた。
「貴方が信頼したと言った奴は、以前に一番大切な人を裏切った奴です。」
思い出すのは痛々しいくらいに凄惨な自分の罪。
「だから、そんな奴を信じるのは薦めかねますが?」
リョウが淡々とした声色と表情でテッドに問うた。だが、その右手は握り締めた掌にグッと爪が食い込んでいる。
テッドは立ち止まったが振り返らなかった。
「別にいーんだよ。その奴ってのがどんな裏切り者でもな。」
テッドが振り返ってポツリと言葉を紡いだ。リョウの目がかすかにだが、見開かれる。
「それに、信頼するかなんてオレが決める事だろ?口出しの権利なし。俺に必要なのはその裏切り者なんだ。ただそれ以上の理由が必要か。残念だが、俺にはこれ以上の理由を提示する気力はねえぜ、警備員サン。」
そこまで言ってリョウに何時もの意地悪な笑いを向けると、テッドは前へと向き直り後ろのリョウにひらひらと手を振って、再び、前へと足を進めた。
「ホンットーに、嫌な奴。」
呆れたように言葉を呟いて。
制服をととのえ、ネクタイを締めなおしたリョウの顔はどことなく嬉しそうだった。
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