人々で賑わう喫茶店。

中央に近い町にあるこの喫茶店は

前々から、僕等が何かを話すときによく使う場所だった。








10.作戦会議








「で、詳しいことお願いします。」

手元に置かれたカップを手にとって、口元へ運ぶ。
口の中でパッと紅茶の香りが広がるのを堪能した後に、リョウが前の席に座っている男に声をかけた。

「へえ?珍しくやる気だな。」
「早く終わらせたいだけだよ。」
「ま、そうだろうな。―――今回の仕事、簡単にいえば盗品の奪還だ。」

それを聞いてテッドもコーヒーをテーブルに置くと、ポケットの中から丁寧に折りたたまれた紙を取り出した。
そして、それを広げてリョウにも見えるようにテーブルに並べる。

「何時の間に――」
「さっき。まぁ、とりあえずは話進めるぞ?」

それを見て怪訝そうに顔をしかめて言うリョウに、テッドは大した事でもないというように言い放つ。
ちなみにその紙というのは、さっき情報屋でみせてもらった「太陽の泪」についての資料であった。情報屋での今さっきまでのやりとりを見ていた限りでは、多分この紙はレオンが依頼人(テッド)に渡そうとして用意したものではなかっただろう。おそらく、レオンの私物。
つまり、テッドはあのレオンから正当な金を払わずに、情報を取ったというわけだった。

「まぁ、向こうで話した通りだ。今日、中央のある会場で無駄に規模のデカイオークションがある。」
「それで?」
「そのオークションでコイツを取り戻すのが今回の仕事だ。」

そう言って、指でトントンと広げた書類をたたく。リョウがそれを見て、不思議と不服の入り混じった声で聞き返した。

「コレを?でも、それって軍の仕事だろ。中央であるっていうなら余計にそうだろうしさ。何で僕らがわざわざ―――」
「ま、普通はそうなんだがな。今回は軍は手を出せねぇんだよ。さて、理由は?」

ニヤリと挑戦的に笑ってテッドが問いかける。それに対して、リョウは少しだけ考える間を置くと口を開いた。

「…そのオークションに参加してるのが有力なお偉いサンだから。」
「ビンゴ。その参加者の多くが軍の投資者だ。だから軍の奴等も手を出せねぇ。」
「はあ。僕さ、貴族の人とかあんまり好きじゃないんだよね。」
「そういうなって。金を巻き上げるには絶好のカモだろうが。」

それを聞いて、リョウは呆れたように苦笑いを浮かべると、自分の目の前に広げられた書類をつかんでマジマジと眺めた。

「それは分かったとしても――どうやって取り戻すつもり?まさか落札なんて言わないよな。」

資料から、目線をそらさずにリョウがテッドに尋ねる。
その視線の先には競売資料の初定価格という一番最低値の取り引き価格を記載する欄があった。

「バカ言うな。そんだけの金があるならこんな仕事してねぇよ。オレ等は迅速かつ、低コストで仕事がモットーだろ?」
「いつ掲げたんだよ、そんなモットー。」
「つい数秒前。ともかく落札は有り得ねぇから安心しろ。」

それを聞いて、更に呆れたとでも言うようにテッドを見る。テッドはそれに気付いているのかいないのか、しれっとコーヒーを置くと、ポケットからまた紙を取り出した。

「分かってんだろ。俺たちに仕事が回ってきたんだぜ?」

ニヤリと不敵に笑って、テッドはその紙をリョウに手渡した。
リョウはその折りたたまれた紙を受け取ると、丁寧にひろげる。その紙には幾つもの線や記号が沢山あり、右端の四角の中には赤ペンで×印がつけてあった。おそらく、オークション会場の内部地図だ。

「ま、そうだろうとは思ってたけどさ。」

その地図らしき紙を見ながら、リョウが何かしら諦めたようにそう言った。

「コレだぜ?生ヌルイ方法で盗れるなら苦労しねぇよ。」
「それは、分かってるさ。でも、問題はその方法なんだよ。」

椅子にかけた帽子をとる。そして、クルクルと指で帽子をまわして弄びながら、リョウはその地図から目を離さないままに尋ねた。
「僕がソレを盗んでくるんだろ?どーせ。」
「そんな小さいなりでオークション会場に行くつもりかよ?」
「うるさいよ。人の気にしてる事いうな。それに十五歳じゃ平均的だ!」
「そうかぁ?オレが十五の時はそんなに小さくなかった気がすっけど。」

フフンと勝ち誇ったようにテッドが笑う。
それを見て、リョウはこめかみに青筋がツブリと浮き出るのを感じながらも、グッっと帽子をつかんでその怒りを抑えた。

「ともかく。僕が盗って来ることに変わりはないんだろ?」
「あぁ、その通り。ご名答。オレが行ってもいいが――まぁ、他にあってな。」
「他?まだ、何かあるっていうわけ?」

最後の方で言葉を濁したのを不思議に思ってリョウが尋ねる。それを聞いて、テッドは地図からチラリとリョウに目線を移した。そして、ゆっくりと口をひらく。

「あ、オネーサン。コーヒーを一つ追加な。」
「……お前な。」

隣を通り過ぎようとした可愛らしいウェイトレスに愛想良く声をかけるテッドに、リョウの額の青筋は更に数を増した。

「…何だよ?お前もまだ飲むのか?」

“腹減ってんなら食いモンでも頼めば?”と。
笑いながら言うテッドに対して、リョウは顔を顰めて、大きく溜息をついた。

「あの…そちらのお客様も何か追加致しますか?」

そんな二人の様子にウェイトレスは遠慮がちに尋ねる。

「悪いね。コーヒー、一つで大丈夫だからさ。」

ニコリと素敵な作り笑いを浮かべて、リョウがウェイトレスに否定の言葉をとった。
すると、向けられたほうも “はい、かしこまりました”と、照れたような笑みを浮かべて戻っていった。

「お前、妙なところで本当に兄貴に似てるよな。」
「はあ?兄さんに似てるってどういうことだよ。」

訝しげに表情をゆがめてリョウが尋ねたが、テッドはだた笑うだけだった。

「まぁ、お前が何も言わないのは何時ものことだし、深くは言わないさ。で、盗るはいいとしてもセキリュティ類は?ココが分からないと話にならない。」

リョウはそれを見て呆れたように溜息をつくと、仕事内容に話を戻す。
相手の事を思ってか、はたまた相手に興味がないのか。その理由がどうであれ――テッドが相手の場合ではどちらかというと、リョウにとって後者だろうが――リョウは性格上、生死に関わる事以外は無理に聞き出す事はしない。
それでもそんなリョウだからこそ、このテッドという青年と組めるのかもしれない。
心の中では“相変わらずに何も話してくれない奴だ”と思っているのに実際はそこまで気になりはしない自分をリョウは少しだけ可笑しく思った。

「その事については考えてある。作戦の方はこれでもかっていう位にバッチリだぜ?」
「ふーん。面白いじゃん。きかせてよ?その作戦とやらを。」

そして、何時も通りに何事もないとでもいうようなテッドの言葉にリョウは先程、自分に向けられたような挑戦的な笑みを浮かべる。

「いいぜ?つーか、今更、独自で動くなんていわれても困る。」

それに対してテッドは余裕な様子でそう言う。
そうして、アンケート用に置かれている鉛筆の中から一本抜き取って、オークションの見取り図に幾つかの印をつけはじめた。





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