僕のことを殆ど知っている情報屋のお姉さん。

この人を敵に回せば相当厄介であるという事を、僕は逢って数分のうちに思い知らされた。

それにしても体重と身長なんてどうやって計ったんだか―――










9.太陽の泪









「まぁ、とりあえず自己紹介が終わったところで本題に入っていいかしら?」

リョウとテッドがまだポカンっと自分を見ているのに気付いて、レオンは少しだけ呆れたかのように二人に言った。

「あぁ、そういやその為に来たんだしな。で、どうだった?時間の方は分かったか?」
「私を舐めてもらっちゃ困るわよ?まずはそれ自体の開始時間が十時半。それから、前半と後半で六十分づつに分かれてる。その後に五分から十分間の空きがあって―――」

レオンは一拍おいて、ゆるりと笑った。

「例のモノはその後よ。大目玉ってところね。とはいえ、これはあくまで予定。」

行進の具合によっては大幅にズレることもあるわ。
レオンがそういいながら何処からか取り出した書類を、数枚カウンターに乱雑に並べていく。リョウは書類の中の一枚を適当に引き抜くと、目を通してみた。
その書類には高価そうな物や珍しい物の写真と、それについての説明がびっしり書き込まれている。
そんな何処か見覚えのある感じの書類をみてリョウはポツリと呟いた。

「これって、オークションの売品資料?」
「大当たり。ちなみに今回の仕事はコレだから、頭に叩き込んどけ。」

テッドはそう言うと手にとった書類の中から一枚を引き抜いて、リョウの顔の前でヒラヒラとふる。
そんな子ども扱いしているような行為にムッとして、リョウはひったくるようにその書類を取った。

「何だよコレ。太陽の、なみだ…?」

リョウがその書類に書かれている商品名を不思議そうに読み上げた。その右上に張ってある写真には、大きな泪形の透明の宝石が写されている。
すると、またレオンが口を開いた。

「太陽の泪。別名では神秘の水晶とも呼ばれているわ。名前の由来はその太陽のような美しい輝きと人魚の泪とも言われるその泪の形から。ちなみに数ヶ月ほど前までは中央にあるスウェディア美術館に展示されていたのだけど―――」
「ソレが、ついこの頃の間に偽物と入れ替わってる事が分かったらしい。表沙汰にはされてねぇけどな。」

淡々とレオンが続ける中で突如、テッドがソレを遮って続きを言った。リョウはその二人の言葉を聞いて、書類からゆっくりと顔をあげる。

「って事は、盗品がこんなオークションで流れてるってワケ?」
「そういう事。ま、お偉いさん方にとっては盗品でも何でもいいんだろうよ。――ほらな、コレ。」

“見てみろよ”とテッドが自分の見ていた書類を一枚リョウに渡す。リョウはそれを見て怪訝そうに顔を顰めた。

「うわっ、これって人身売買だろ?人のこと言えないけど普通に法律違反じゃ――」
「もちろん法律違反だろ。それにしてもホンットいい趣味してるよな。」

テッドもそれを聞いて呆れたというように肩をすくめた。
ちなみにリョウの見ている書類には、商品名の欄に人の名前が書かれている。一緒に貼ってある写真に写っているのはウェーブのかかった青い髪の可愛らしい少女。年は一六歳と明記されている。おそらく、その美しい出で立ちと、珍しい髪と瞳の色に目をつけられたのだろう。

リョウは訝しげにもう一度その書類を見て、溜息をついたかと思うと、急にバッと慌てたようにレオンの方を振り返った。

「あの、さっきの太陽の泪とかについて口頭での情報って、まさか?」
「…あら、もちろん有料に決まってるじゃない?この情報料に上乗せね。って、言いたい所なんだけど。今回は初回サービスよ。」

クスリと笑って、リョウに軽くウインクする。
それを聞いてホッとしたかのようにリョウが胸を撫で下ろした。しかし、それを後ろで見ているテッドは何処か不服そうに呟く。

「オレの時とはえらい違いだな。」
「あら?そうかしらね。気のせいじゃない?」

レオンがそんなテッドを軽くあしらうかの様にしれっと言い放つ。ムッと顔をしかめるテッドを見て、リョウがクスクスと笑いながら言った。

「有難う、レオン。」
「お礼を言われるほどのことじゃないわ。それよりも、今後はこの情報屋をご贔屓にしてくださるかしら?」
「もちろん。是非、そうさせてもらうよ。」

意味ありげな微笑みを浮かべて、レオンが言った。 リョウはその裏のありそうな微笑に少しだけ恐怖を覚えつつも、感じられた親近感に、心の中で微かな笑みをこぼした。

「さてと。そろそろ行くぞ。」

その光景を後ろで面白くなさそうに見ていたテッドが、そう言うや否や、クルリと二人に背を向けて前えと足を進め始めた。

「あ、ちょっと待てよ!!」
「待たねぇ。」

リョウがそれを見て慌てたように声をかける。テッドはその言葉に対して早々とそう言うと、店のドアノブに手をかけた。

「あー、もうっ!!このバカ狼っ!!じゃぁ、また来るからさ、レオン!」
「ええ。待ってるわ。」

音を立てて閉まったドアを見て、リョウが追うように続く。それを見て、レオンは笑って別れの言葉の述べた。もう一度バタンっと豪快な音を立てて店のドアが閉まった。

「ギブ・アンド・テイク――よね。」

自分以外に誰も居なくなった店で、レオンがポツリと呟いた。






「待てよ!」
「………。」
「待てってば!!」
「………。」
「……待てって言ってるんだから待ってくれたっていいだろっ!!」

リョウがテッドに追いつこうと急いで走る。そして、あと少しで追いつくという所で、突然にテッドが足と止めた。リョウの目の前に、テッドの背中が迫る。

「うわ…っ!?」

そして、狭い横道なのだから、当然のごとくリョウはテッドの背中にぶつかる。

「……お前、何やってんだ?」

テッドは、自分の背中に突如として起こった衝撃に後ろを振り向いて、その根元に向かって呆れたように言い放つ。そして、その根元は痛そうに額をさすりながら言った。

「……アンタの所為だっての。」
「お前が待てって言ったから止まったんだろ?」
「だからって、急に止まる奴があるかっ!!」
「言ってる事が矛盾してるぜ?」
「……実は意図的だろ、アンタ。」
「ノーコメント。」

テッドが“お前の想像にまかせる”と言いながら軽く笑った。それに対してリョウが呆れたようにテッドの顔を見る。再会から二日目にして恒例のパターンとなりつつあるこの状況にリョウは思いっきり頭を抱えた。

「ともかくはあの店から離れてぇの、オレは。」

そう言ってスタスタとテッドが歩き出す。
リョウも少しだけ距離をとりながらそれに付いていった。少しづつ道が広がり、光が溢れ出す。








「うわー、日の光が気持ちいいー。」
「同感。あーいう道は暗いしジメジメしてっしな。」

やっと狭くて薄暗い横道から開放され、リョウはぐーっと背伸びする。

ふと腕の時計に目をやれば針は11時15分を指していた。この時間帯にもなれば流石に街中も活気づいており、ついさっきまで人通りの少なかったこの辺りも、人々で溢れかえっていた。

「で、とりあえずは座ってゆっくりできる所探そうよ?」

思いっきり伸びて身体をほぐした後に、リョウがテッドに向かって言う。それを聞いて少しだけ意外だとでも言いたげな様子でテッドがリョウを見返した。

「何だよ、その何か言いたげな視線は。」
「いや、分かってたのかって思ってな?」
「失礼だなぁ…。早く店を離れたいって事は仕事の話があるってことだろ?」

“聞かれたらマズイといえばまずはソレだ”と付け加えてリョウは何やら不服そうな声で返した。

「まぁな。それにお前がうっかり何か情報をレオンの奴に言っちまう前に―――言うなれば、ドジやらかす前に離れたかったってのも第二の理由ではある。」
「僕は口をすべらせるほどドジじゃないよっ!」
「さあて、どうだかな。とにかくお前の言う通り、どっかゆっくり出来るところ探そうぜ?」
「……りょーかい。」

何処か言いくるめられたような気がして納得がいかない。
そうは思ったが、ここで反抗したって体力の無駄であることをリョウは知っている。不服そうな声音が、しぶしぶと返事をした。


冬の太陽がもうすぐ、真上にのぼる。






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