テッドがドアを開けるとそこは、外装と同じで落ち着いていてシンプルな感じの店だった。
“ドアを開けば、そこは不思議な店でした”なんて展開にならなくて良かったと
そう思ったのは心の中に鍵をかけてしまっておこうと思う。
8.小さな鐘
「あら、いらっしゃい。」
二人が店に入ると、右斜め前にあるカウンターから声が聞こえた。リョウが反射的にそっちに目線をやれば、カウンターの奥から女が姿を現す。
外見的にはそろそろ二十五を過ぎたか、過ぎてないくらいだろうか。
美しいストレートの金髪に同じ色の瞳。背もほどよく高く、体型はすらりとしていて、大人の雰囲気を醸しだしている。
その女性が出てきてニコリと微笑む姿にリョウはただ見惚れてしまった。
「どーも。で、あの件なんだけどさ。」
そんなリョウを外にテッドはカウンターに寄りかかり、話を進めはじめる。リョウはその光景を見て、慌てたように声をかけた。
「ちょっと待った。それでどーゆう事?以前に此処って――」
「ああ、そういや、お前はここ初めてだっけ?」
「お前が連れて来たんだろ、お前が。」
そういって呆れたというように大きく溜息をつく。もう叫ぶのにも嫌気がさしたと言う感じのリョウの様子に、その金髪の女性はカウンター越しにクスリと笑った。
「自己紹介しましょうか。私はレオン・ティラードよ。よろしくね?」
「あ、リョウ・シルセディアです。よろしくお願いします。」
差し出された手に、リョウも慌てて手を差し出して、握手を交わした。レオンと名乗った金髪の女性は、美しい瞳をすう、と細めてリョウを見つめる。
「貴方があのリョウ・シルセディア、ね。」
「……あの?」
小さくそう呟いたレオンの言葉を聞いてリョウが不思議そうに聞き返した。
「いや、何でもないのよ?こっちの話。」
すると、またにこりと微笑んでレオンはゆっくり手を離した。リョウが納得いかないよう様子でレオンを見ていると、テッドが後ろからボソッと呟いた。
「ご愁傷様。」
「ご愁傷様?それってどうい――」
「テッド、何かいいたい事でもあるのかしら?」
にっこり。
テッドの不審な言葉に、その真意を尋ねようとして笑顔のレオンにそれを遮られる。表面的にはニッコリという愛想の良い笑顔である。
「あ…いや、何でも?」
しかし、テッドはそれを見るな否や、引きつった笑みを浮かべると“そんな事とんでもない” とでも言うように胸の前で両手を軽く振った。その額には冷や汗が滲んでいるのもリョウは見逃さなかった。そして心の中で確信した。
―――多分、この人には逆らってはいけないんだろう、と。
「まぁ、良いわ。それと此処は何の店かって事についてだけど――」
テッドがそう言ったのを確認した後、リョウに目線を移してレオンが言った。
そして、近くに置いてあったファイルを手に取る。パラパラと捲って、数ページ目でその手を止めると、唐突に口を開いた。
「リョウ・シルセディア。今年で十五歳。ちなみに誕生日は九月二日で乙女座。」
「な、なんで―――ッ!?」
リョウは驚いて、勢いよくテッドを振り返った。すると、テッドはニヤニヤと面白いものを見るかのようにリョウを見ている。
それを見て、レオンもクスリと笑うと続ける。
「身長は159cm。体重は40s。一人称は“僕”。今は一人で何でも屋を経営しており、その腕は確かと評判。裏では“双頭の鷲” の異名で有名。由来はその腰に付いている銃のダブルイーグルから、よね?」
レオンが、リョウの腰元を指差す。そこには確かに服に隠れてはいるが、ダブルイーグルがあった。
リョウはそれを聞いて、更に驚いたように目を見開いた。自然とひきつる顔を抑えながら、レオンに尋ねる。
「凄いや。そこまで知ってるなんて―――お姉さんって何者?」
「あら、分からないかしら?」
そんなリョウを見て、レオンは得意げに微笑んだ。
リョウにとっては仕事柄上、こんなにも詳しく情報を知られていると言う事は芳しい事ではない。それなりに注意はしているつもりだ、特に裏の仕事である“双等の鷲”のことは―――。
ここまで自分の情報を集められるなんてそうそうできるものじゃないのに、この女性は一体?
「あ。」
一つの考えが過ぎった。
それならば、納得がいく。テッドが此処に来たのも、彼女が妙に自分のことをしっているのも。
ポツリともらしたリョウにテッドが後ろで、“もう分かったのかよ” とでも言うようにつまらなそうな表情を浮かべた。
「この頃、結構噂になってる凄腕の情報屋って―――」
リョウが続きを言おうとしたその時、不意に、頭にトスッと軽い重みがかかった。
「ま、そーゆう事だよ。これで十分か?リョーちゃん。」
「その呼び方気持ち悪いッ!!というか、別に謎当てなんかしなくても、アンタが事前に説明してくれてればいいことだろ!」
「まあまあ、気にすんな。」
リョウは、ニヤニヤと自分の頭に腕を置いていうテッドに、厳しい視線をむける。
それでも、ただただ笑うテッドに諦めたというように大きなため息をついた。
「それにしても、その凄腕の情報屋ってのが女の人とは驚きだよ。」
「あら、失礼ね。女だからって男より劣ってるってわけじゃないわ。」
「あ、気を悪くしたなら謝ります。そんなつもりで言ったんじゃないんだ。それに一応は女だからって劣ってるって考えは僕もおかしいと思ってるから――」
「…ふふっ、分かってるわよ。少しからかってみただけ。それに――」
ニヤッと面白そうにレオン笑う。
そして、リョウに向かってとある事実を述べた。
その言葉にリョウは目を点にして、同じく聞こえたテッドはポカンっとレオンを見る。
「なっ、な、何でそんなことまで知ってるの…ッ!!?」
「……アンタ、本当に一体どれだけ知ってんだ。」
「あら、それはお金を払ってくれないと言えないわ。仕事ですもの。」
ギブ・アンド・テイク、よ?
そう言ってパタンッとファイルを閉じるレオンを見て、リョウとテッドは思った。いや、思い直した。
“ この人に逆らうと言う事には、それ相応の覚悟が必要だ” ということを。
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