僕が仕事を終えて家に帰り着いたのは、
もう、空が夕日で紅く染まりかけた頃だった。
6.再会
「それにしても妙な仕事だった。」
リョウは自分の家の前で、ポツリと零すように呟いた。何となくポケットに手をいれて、紅の石を取り出す。夕日を浴びて、それはリョウの掌の中で炎のようにきらめいた。
あの後――結局はシャーラから石を貰ってしまった。
だが、報酬としてだ。
シャーラは報酬の足しにと言ったが、リョウ自身が“これ以上貰うなんてできない。それだけで十分”と断ったのであった。仕事といえど、あの程度のことなら別に報酬をもらう必要もない。昼食をご馳走になっただけでも、リョウには十分であった。
「ティアラなんか、“また来てね、お兄ちゃん!”だもんな。」
そのときの光景を思い出してクスリと笑う。可愛らしい笑顔が脳裏に浮かんで、自然と顔がほころんだ。
手の上できらめく紅の石を、無くさないようにポケットの中へ戻す。そのついでに家の鍵を取り出して、その先を家の鍵穴に差し込んだ。
ある意味では疲れたが、結構楽しかったな、なんてことを考えながらリョウが鍵穴に差し込んだカギを回して、家に入ろうとドアノブに手をかけ、ノブを回した。
―――ガツッ。
「……あれ?」
しかし、カギが閉まっている様でドアはいくら引いても開かない。
どうやらカギを開くつもりが元々かかっていなかったらしく、反対にかけてしまったらしい。
「カギ、かけたはず……なんだけどな。」
セキリュティ対策は万全だったはずだ。鍵をかけ忘れたか?と首をかしげて、再度鍵穴にカギを差し込む。すると、今度はカチャリと音がしてドアのカギが開いた事を告げた。
「おかしいな…――何でだろう?」
家を出るときは絶対にカギを掛けたハズなのに。疑問を頭に浮かべつつ、リョウはゆっくりとドアは開いた。
「よう。」
ドアについたベルが揺れて響かせる音と男の声がリョウの耳に届く。
「………。」
リョウはその声と目の前に広がっている光景に、ドアを開いて、家に一歩入ろうとした姿で固まった。
目の前に―――自分の家の椅子に青年が座っている。
焦茶色の髪。それにそぐわぬ紅い瞳を持つ青年が、何事も無い様子で座っている。
「……何で固まってんだよ、お前。」
“久々の再会に感動して動けねぇとか?”と付け足して青年はケラケラと笑う。リョウは呆然とその青年を見ていたが、その声を聞いてある事を思い出した。
生意気な口調、焦茶色の髪。そして、自分のポケットにはいっている石と同じくらいにぐ深い赤の瞳。
「お前、なんで――」
リョウが驚きに満ちた表情で、その青年に問いかける。
「――お前、本当にテッド?テッド・ベルスティー?」
「…は?オレ以外に誰がいるってんだよ。」
呆れたように、その青年ことテッド・ベルスティーは答えた。
久々に見る彼はたった一年間見てないだけだというのに、背は伸びて、リョウの記憶にある彼とはかなり変わっている。
リョウはそんなテッドを見て、俯いて小刻みに身体を震わせた。
「オレ以外に誰がってなぁ―――」
ふるふると怒りに震え、今にも殴りだしそうな片手をどうにか理性保っているもう一方の片手でとめる。
しかし、それでも納まらない怒りは大声となって口から飛び出た。
「何を平然と人の家のイスにすわってんのさ!?この一年間ずっと姿をくらませやがって!!僕がなぁ、一体この一年間でどれだけお前の身を心配したと思ってるんだよ!?ずっと、ずっと探してたのに!!勝手に姿くらませて、それで――ッ!!」
言いたい言葉は沢山あるのに、出てこない。伝えたいことが多すぎて、言葉にならない。リョウはただ肩で荒く息をして、テッドを睨んだ。
すると、言われた当人は一瞬だけ面を食らった顔をしたかと思うと、ポケットからとあるものを取り出して、リョウの前に突き出した。
「あ、そういやココには合鍵で入ったから。」
「人の話を聞けえぇーっ!!!」
―――それが、リョウとの会話を成立させるものあったかは曖昧だが。
銀色の鍵をチラつかせるテッドに、リョウは渾身の力で叫んだ。
「何でアンタは一年間も姿をくらましてたのかって聞いてるんだ!!」
「ちなみに、コレはお前の兄さんから預かってたモンな。返しとくぜ。」
「そんな事は、どーでもいいっ!!これまで何処にいたんだよ!?」
「いいのかよ。ってかさ、オレ腹減ったんだけど――」
「知るか!!僕の質問に答えろっ!!!」
「あぁ、もしかして飯ねぇの?一年経っても相変わらずかよ。腹減ったー。」
「……なぁ、テッド。僕はお前と言葉のキャッチボールがしたい。」
「…はぁ?十分にできてんだろ?」
平然とテッドが答える。まったく悪びれた様子も無い。
それから数秒の沈黙が続いた――
そして、それを破ったのはリョウの盛大な溜息だった。結局、折れたのはリョウの方だった。
「……で、食うモンねぇの?」
「……ちょっと待っててよ。」
そう言うと、リョウは着ていたコートを脱いで、カウンターに引っ掛けた。
不機嫌そうに顔をしかめたままで、テッドについてくるように促す。リビングダイニングの方へ、テッドをつれていくと、リョウは自室へと足を向けた。
「…冷蔵庫の中に昨日のシチューの残りがあるから温めといてよ。着替えてくる。」
そういい残すと、バタンと扉をしめた。
「何といえばいいやら、だな。」
テッドはそれを見送って、一年ぶりのその部屋を見回した。昔も質素だったが、一年経った今では一年前よりも質素で無機質になったような気がする。
身体は意外にも場所を覚えているらしく、テッドはてきぱきと冷蔵庫から昨日の残りであろうシチューを取り出すと、近くの電子レンジにかけた。ピーッ、という機械音をだして、レンジのなかのシチューがまわった。
「アイツは相変わらずだよ、ロスト。ホンット変わんねぇ。」
ま、それがいいのか悪いのかは、俺には分からねえけど。
小さく呟いた言葉を、誰かが聞いただろうか。夕日が沈んでいく町並みの中でカラスが一羽、大きく鳴いた。
「…それで、さ。」
テーブルの上に湯気の立ったシチューの入った皿が二つ。そのシチューを口に運びながら、リョウがポツリと言葉を発した。
「……何で、僕の所に戻ってきたんだ?何かしらの目的があるんだろ?」
出て行った理由は、聞いても応えてくれないと思った。
リョウは“それくらいなら答えられるよな”と目で問いかけて、スプーンを口に入れた。昨日の夕食と同じシチューの味が口の中に広がる。
テッドはそれを聞いて、同じくスプーンを口に運ぶ動作を止めずに答えた。
「仕事だよ。明日は仕事だから。」
「……は?」
「だから、仕事。オレがお前と同業者なの位は覚えてんだろ?」
テッドが質問の答えにそぐわない答えを返す。リョウも訳がわからないのであろう、怪訝そうに眉を吊り上げた。
そんなリョウの様子をものともせずにテッドは黙々とシチューを食べ続ける。
前からそうだった。重要なことは何一つ自分に話してくれたことが無い気がする。
リョウはそんな事を考えて、溜息をついた。もう一口と、シチューを口に運ぶ。
「つーわけで、明日は頼むぜ? 相棒。」
「あぁ……って、相棒!?」
唐突に言われた言葉に、反射的返事をしてから、リョウはしまったと思った。
その言葉の内容に気づいて慌てて聞き返すが、テッドはニヤリと意地悪く笑っている。
「そ、相棒。言っただろ?明日は仕事だ。その仕事が結構面倒なんだよなぁー。つーわけで、手伝ってもらうぜ?」
リョウは言葉を失った。
「僕、やらな――」
「お前、“あぁ”って言ったよな?」
また、テッドがニヤリと笑った。
リョウはそんなテッドに確かな殺意を覚えるとともに、反射的にでも“あぁ”と言ってしまった自分を呪った。
そうだ、このテッド・ベルスティーという青年。
前から重要なことを話そうとしない奴でもあったが、それと共に、人をはめるのが上手く、それで遊ぶのが得意な奴だった。
今頃になってそれを思い出した自分にリョウは嫌悪の念をつのらせた。
「そんなの――っ!」
「ストップ。」
だが、返事をしたとはいえどそれは反射的な言葉であり、考えた結果の言葉ではない。
“そんなの無効だよ!”と言い返そうとして、それをテッドに遮られる。
「お前、俺のことずっとずっと探してたんだろ。そんな俺からのお願いだぜ?断るわけも、ねえよな?」
「は…っ!?」
「大体、無条件反射とはいえ“あぁ”って言ったもんな?今更行かないなんて、ズルイんじゃねえの?」
リョウは言葉をつまらせた。ズルイのはお前だ、なんて言葉が喉元まで出かかっているが、あえて出そうとはしない。
思い出したのだ。自分が、一度もこうやってテッドに勝てたことがないことを。しかも反論すれば反論するほどに、するりとかわされるうえに、思わぬ深みにはまっていく。何時の間にか、一年間分のただ働きを約束させられている可能性だってある。
リョウは、テッドをキッと睨んだ。これが、リョウにできる唯一の抵抗だった。
しかし、そんな抵抗もむなしくテッドには全く動じた様子すらない。我関せずとてもいいたげな表情で食べ終わったシチューの食器を片付けようとしているところだった。
「ごちそーさん。結構美味かったぜ?」
ニッと先程の意地悪な笑みとは正反対の笑みを浮かべるテッドに、リョウはもう何もかも諦めたというように溜息をつく。
一年ぶりともいえる、このやりとりに大きな疲労を感じて、リョウはもう一度スプーンを口に運んだ。
金色の月が、昇る―――
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