ティアラが指差した先には――――
「……あれ?」
誰も居ない椅子がちょこんと置いてあるだけだった。
4. 秘密部屋 後編
「――誰も、居ないけど?」
そう、ティアラが指差した先には誰も座ってない椅子が一つ。張り切って指差した本人もおかしいなぁ、と首をかしげる。
「さっきまで、ココに居たんだよ?お兄ちゃんが来るまで話してたもん!」
本当だよ!?としがみつくようにしてティアラが訴える。
「じゃぁ、きっとさっきまで居たんだろうね。」
それをなだめる様にリョウはお得意の作り笑顔を浮かべて答える。だが、内心は寂しさのあまり幻覚でも作り出したものだろうと考えていた。子供は自分の脳内で想像したものをさも本当に居るかのように話すと、そういえば、大分前に本か何かで呼んだ覚えがあった気がする。
今のティアラの言動もその類だろう。
―――むしろ、頼むからそうであってくれ。
「あれは…?」
そう思ってチラリと椅子に目を向けると、キラリと、薄暗いこの部屋の中に何かが一瞬だけ紅く光った。
「どうしたの、お兄ちゃん?」
「今さ、何か光ったみたいなんだけど。なんだろう。」
「……光った?」
「うん。……ちょっと待ってて。」
そう言って梯子に軽く手をかけて登ろうとしているティアラの頭をポンポンと軽く二回撫でてから、リョウは椅子の近くへと向かった。
“何だろう、この感覚。何かわからないけど―――”
引き寄せられる。
そんなことを思いながら、リョウは足元に目をこらすと、椅子の足の下で小さな赤みがかった石が光もないのにキラリと光っていた。
胸がざわざわとする。身体が、自然とそちらへひきつけられる。
「これ、だよな?」
リョウはそれを拾い上げてまじまじと見てみた。
透き通ったような赤でその色は中心にいくにつれて濃くなっている。大きさは手のひらにすっぽり収まるぐらいの大きさだった。見た目はルビーという宝石に似ている。
リョウはそれを手のひらで転がしながら、ティアラの元へと戻った。
「お兄ちゃん、何だった?」
「これ、なんだけど。君が落としたんじゃない?」
興味津々な様子のティアラにソレを差し出して答える。此処に落ちていたのだからこの娘のものだろう、と。
「あ、それだったんだ?」
「それだったって事は、やっぱりティアラの?」
「うーん。多分、私のになると思う!」
そう言うティアラにリョウはやっぱり拾って良かったと、その不思議な石を返そうと手を差し出した。
「でも、ソレお兄ちゃんにあげるよ!」
にっこりと微笑んだ彼女の口からは意外な言葉が発せられた。
「え、そんな!ちょっとそんなわけには…!」
「あっ、もしかしてお兄ちゃんはこういうの嫌い?」
「ううん。お金になるからむしろ好き―――ってそういう問題じゃなくって!!」
「……お兄ちゃん、今の本音でしょ」
そのティアラの鋭い一言にリョウはうっ、と唸って次の言葉を濁した。
「それは、欲しくないっていったら嘘になるけどさ。」
ぽろりとでた言葉に、リョウは自分を疑った。本当なら、こんな子供にそんなことは言ったりしない。
別に宝石に興味があるからというわけでも、先程ポロッと口から出たように、お金になるからという訳でもなかった。
――四分の一はその理由も入るかもしれないが、そこまで金には困ってない。
興味をそそられるというよりも、引き寄せられるような―――そんな、妙な感覚。
「じゃぁ、やっぱりお兄ちゃんにあげるね。」
そんなことを考えていたリョウの耳にそんな声が届く。
「だ、駄目だよ!ほら?やっぱり高価なものだし!」
「でも、お兄ちゃんは欲しいでしょ?」
「それは、そうなんだけど…!」
きょとんと悪意のない表情でティアラがリョウへ尋ねた。それに対して何故かリョウは言い返せずにいた。
まるで、出そうとしている言葉がのどに詰まったように。そう、まるで誰かに意図的に止められているかのように―――
「これはお兄ちゃんにあげるの!!お兄ちゃんの方がいいの!」
そう言うと、ティアラは半場強制的にリョウの手に石を押し付けた。
リョウはその手に置かれた石を見つめ、その後見比べるかのようにティアラを見た。
「本当に、貰っていいの?」
そして、最後の確認とでもいうようにかがんで目線をあわせてからゆっくりと問うた。
「うん。それはお兄ちゃんが持ってるべきものだもん!」
「……じゃぁ、有難く頂戴するよ」
ありがとう。とそう微笑んで、リョウはそれをポケットに大事そうにしまう。それを見たティアラも満足そうに微笑んだ。
ドドッ、ドタッドドドッ。
その時、上から何かが走っているような音が聞こえた。部屋が揺れ、上から埃がハラハラと舞い落ちる。
「……戻ろうか?」
「……うん。やっぱりお腹減った。」
リョウの腕の時計はもうすぐ一時を指そうとしていた。そして、二人が梯子を登り終え、上の銀色の取っ手を上へと押せば―――
「おっ、お嬢様っっ!!!一体どこからっ!?」
「何でそんなっ!床が開いて…、あぁ、お嬢様っ!!」
「こっちのお坊ちゃんは何でも屋の少年じゃないのかい?いやぁ、君も無事で!」
などと、驚きと喜びの声が響いたりしていた。ちなみに食料が無くなっているのは、厨房での小さな事件となっていたらしい。リョウとティアラは顔を見合わせて、笑った。
「――どうやら、炎の共鳴者が見つかったみたいですよ、ジョーカー?」
薄暗く周りが良く見えないようなそんな場所。真っ黒いソファに身体を沈めているのは燃えるような赤い長髪の女。この暗闇の中、彼女は紅茶を優雅にすすりながら、呟くように語りかけた。
「そうか。そろそろだとは思っていたがな。」
“ジョーカー”とそう呼ばれた男。黒い髪を持つその男は、特に気にした様子もなく、静かにもう一つのソファに腰掛けた。
「へぇ、炎の共鳴者サンが見つかったん?今度はどないな奴やねん?」
「貴方って馬鹿じゃないの?まだ予兆を掴んだだけなのに分かるわけ無いじゃない。」
「なぁんや。前回のがエライ弱くて炎どころか火の粉すら飛ばせん間に終わってしもたからなぁ。今回は期待してんねんけど。それにしてもバカは酷いんとちゃう?クイーンの姐さん冷たいわー。」
“ジョーカー”の後ろからしゃべり方に特徴のある金髪の男が楽しげに言うのを、先ほどの赤い髪をもつ“クイーンの姐さん”と呼ばれた女が軽くあしらった。
それに対して金髪の男はわざとらしく、浮かんでもいない涙を拭うふりをする。
「まぁ、キングがそう落ち着きが無いのも分かりますけどね。」
闇のなかから一人、また姿をあらわした。とたんに、この暗闇に血の匂いが充満する。
「この頃の仕事は簡単すぎで少々物足りないですし。」
「ようお帰り、なりそこないの全能者――それにしても今日はえらい酷くやったなぁ?」
「その呼び方、やめてくださいよ。」
「悪い、悪い。ちゃんと“ジャック”って呼ぶから、そんな怖い目でみんといてや。なんや恐ろしゅうてどないしようかと思うわ。」
姿をあらわしたのは“ジャック”と呼ばれる者。ココアブラウンの髪と瞳をもつ、まだ青年とは呼べないほど若い少年だった。
“ジャック”は、彼が“キング”と呼んだ金髪の男に向かって感情の篭らない笑みを返すと、今度はジョーカーの方へと向き直る。
「……ジャックか。早かったな、もう終わったのか?」
「はい。簡単すぎでつまらなかったですけどね。」
“ジャック”はまた苦笑いを浮かべて、自分自分の身体を見た。そして、べっとりと手についた赤いものを鬱陶しそうに、手を振ってはらった。
「まぁ、この頃は共鳴者との対決が少ない。その点は確かに私も不満があるわよ?」
「ほら!やっぱりクイーンの姉さんも同じやんか。」
「一緒にしないで。貴方の落ち着きのないのは何時ものこと。」
冷たくそう言う“クイーン”の言葉に、キングという男は聞こえないフリをしているのかあらぬ方向を向いて陽気に口笛を吹いている。
そんな“キング”に対して、“クイーン”はまた、ため息をついた。
「そう焦るなよ、お前等。安心しろ。」
その様子をみて、ソファに腰掛けていたジョーカーと呼ばれる男が喉の奥でククッと笑った。
「炎の共鳴者については未だ未知数だが――少し前にクイーンが光の共鳴者を感知したよな?」
その言葉に、他の三人の目の色が変わった。“ジョーカー”もそれを感じ取ったのか、口角をあげると、嬉しそうに言った。
「喜べ、居場所をつきとめた。これで欲求不満からは解消されるだろ?」
「マジでっ!?流石はジョーカー様やっ!!」
「ゲンキンな男。」
「クイーンさん。キングはそういう奴ですから仕方ないですよ。」
「ジャック、それフォローになってないで?」
「はい。別に貴方をフォローしたつもりはありませんから。」
ニコリと、無機質な笑みを浮かべる“ジャック”に“キング”が、非難の声をあびせる。そんなものはどうでもいいというように、彼は“ジョーカー”の方へ向き直ると、尋ねた。
「ジョーカーさん、その共鳴者狩りには誰が行くのです?」
「あぁ、そうだな。」
ソレを聞いたジョーカーはふむ。と考え込むような仕草をして、数秒後、ゆっくりと口を開いた。
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