ただのお屋敷だなんて、僕は大きな勘違いをしていた。
訂正しよう。ここは“ただのお屋敷”じゃない。
ただのお屋敷の壁が急になくなったりするはずがない―――
4.秘密部屋 前編
「いっ、たぁ。」
リョウは思いっきり打ちつけた腰を痛そうにさすった。
「………に、してもここは何処なんだ。」
―――以前にさっき僕はどうなったんだ。
そんなことを考えつつも注意深く辺りを見渡す。そこは少し薄暗くてよく見えないが、どうやら一つの部屋のようだった。その証拠にリョウの近くには小さな椅子がコロンと転がっている。
「…ここに、娘さんが?」
声がしたのは後方の下―――そして、ある意味では此処も後方の下。と、なればココから声が聞こえた確率は高いということになる。リョウはパンパンとズボンを叩いて立ち上がると、更に注意深く周りを見渡した。
「誰ぇ?ロード、お兄ちゃん…?」
急にリョウの後ろから幼い声が聞こえた。後ろを振り返れば、そこにはプラチナブロンドの少女。シャーラとそっくりの大きな藍の瞳をくりくりさせて、こちらを見ている。
「……お兄ちゃん、誰ぇ?」
「あ、僕は―――」
可愛らしく首をかしげて聞く少女に、リョウは何と説明すればいいのか迷った。
「んー。僕は君を探しに来た何でも屋かな?」
「何でも屋さん?私を探しに来た、の?」
「そう。お母さんもお兄ちゃんも心配してるよ?」
できるだけ優しく少女に問いかける。しかし、少女はその言葉に一瞬だけ悲しそうに顔を歪めた。
「戻らないと…ダメかなぁ…?」
「…戻りたくないの?」
「うん。私、戻りたく、ない…っ」
ひぅっ、と泣くのを堪えるかのように、小さな手を握り締める子供を前にして、
「……どうして?」
苦笑いを浮かべて頭を撫でてやる事しかリョウにはできなかった。よく見ればその少女の目は少し腫れているようで、
――あぁ、さっきまでこの子は泣いてたんだろうな。
そう思って、更に優しく頭を撫でる。
「だって、お母さんっ、きっと私なんか要らないんだよ…!!」
「なんで、そう思うの?」
「本当はね…、ずっとずっと、何処かに隠れてるつもりだったの。お母さん、お父さん居なくなってからお仕事ばっかりで、お話してくれることも少なくなっちゃったの!だから、わたし、もしかして私はお母さんの邪魔になってるんじゃないかって…!それなら、居なくなったほうがいいのかなって…っ!!」
ついに耐えられなくなった大粒の涙が少女の頬に零れた。
―――そうか、この少女はただただ寂しかっただけなんだ。
「……それは違うと思うけど?」
リョウは目の前で泣きじゃくる少女を軽く抱きしめてそう言った。少女は抱きしめられて少しだけビックリしたように目を見開いたが、優しく頭を撫でてやると、リョウの胸元に思いっきり縋りついて泣き始めた。
「だって、君のお母さん凄く心配してた。もう気が気じゃないって感じでね。」
少しだけ笑いながらリョウが続ける。次第に少女の泣き声が小さくなってきた。
「だから、僕はそうは思わないけどね」
「ほん…と…に…?」
「当たり前だろ?本当に決まってるじゃん。」
何でも屋は信頼が第一!嘘なんかついたら針千本飲んであげてもいいけど?と、リョウが笑う。それを見て少女は安心したように少しだけ顔をあげた。そして、にこりと涙目で微笑んで言った。
「…ありがとう、お兄ちゃん。」
「別にお礼を言われることじゃないよ。えっと――」
「ティアラ!ティアラ・ミシェルス。お兄ちゃんは?」
「僕はリョウ・シルセディア。宜しくね、ティアラ」
「うんっ。リョウお兄ちゃんもよろしくね?」
ティアラが一歩だけリョウから離れて小さな手を差し出す。リョウは笑いつつその小さな手を握ってニッと笑った。そして、ソレを見てまたティアラも嬉しそうににこりと笑った。
「さて、どーしますかねぇ。」
リョウはゆっくりと手を離した後に、そう呟いて薄暗い天井をあおいだ。その目線は先程、自分が落ちてきた辺りをとらえていた。しかし、そこにあの忌々しい長方形の入り口はなく他の部分と同じように壁になっている。それを見て歪めた顔を地に戻してみれば、ティアラの蒼い瞳とぶつかった。
戻るように説得したくせに、今の現状を打開できない自分が恥ずかしくなり、リョウはティアラに向かって何となく苦笑いを浮かべた。
「…お兄ちゃん、戻らないの?」
「え?」
それを見て、何故戻らないのかとでも言うようにティアラが首をかしげる。リョウが"戻るって言ったってどうやって"という疑問を口にすると、
「そこの階段から上に出れるんだよ?ご飯作る所にでるの!!」
部屋の片隅を指差してティアラは平然と言い放った。
その指差した先には壁に梯子のようなものがかかっており、近づいて、上を見上げるとそこの天井には銀色の取っ手のようなものが見えた。
「僕の苦労って、僕の労働って一体―――」
「どうしたの?」
梯子に手をついてガックリとうなだれるのを見て、ティアラは頭の上に?を浮かべた。そして、そんなリョウを不安におもいグイッと服の端を引っ張る。その行為に一瞬にして我にかえり、ティアラへと顔を向けた。
「あ、ごめんね。ちょっとショックな事が。」
ははは、と乾いた笑いをもらすリョウの顔は、どこか笑いが引きつっていた。迷子になることもなく、壁がなくなって妙な所に落ちる事もなく、いとも簡単にこの娘を見つける方法が今ごろになって見つかったのだから当然かもしれないが―――
ああ、本当に笑えるよ。
今のリョウの心境を代弁するとしたら間違いなくこうだろう。
「あ、そっか!お兄ちゃんは上から落っこちてきたんだもんね!!」
“お兄ちゃんが知ってるはず無いよね”と笑顔で言った言葉が、リョウの心にグサッという効果音付きで突き刺さったことなど、この少女が知るはずも無い。子供は純粋だ。されど、その為に恐ろしいときもある。
リョウはその言葉に軽く相槌をうって心の中で大きく溜息をついた。
「ま、帰り道も見つかったことですし、帰りますか、お嬢様?」
「うんっ!!帰ろ?」
でも、それはその少女の笑顔を見れば吹き飛んでしまうようで、リョウの表情はさっきから一転し、つられたように笑みを浮かべていた。
「僕もお腹すいたから早く帰りたいし。」
「私もお腹すいたー。」
「…もしかしてご飯とか全然食べてないんじゃないの?」
「そんなこと無いよ。この向こう上がご飯作るところじゃない?」
「あぁ、そういや厨房なんだっけ?」
「そう!だからお腹がすいたらコックさんから隠れてパンとか取ってきたの!」
凄いでしょ?と得意げに胸をはるティアラ。リョウはそれに、少し引きつった笑顔で凄いねと答えた。
「あ、それは分かったけどさ―――どうやってココまで来たんだい?」
それを聞いて思い出したようにリョウが尋ねた。リョウが不思議に思うのも当たり前だ。
その話が本当なら、誰にも見つからず厨房からここまで来たということである。だが、捜索前に母親から聞いた話では厨房での目撃情報があったとは聞いていない。だとしたら、この少女は誰にも見られずに誰にも見つからずに此処まで来たこととなる。
―――コックの目を盗んで食料をもってくるという芸当をこなしたこの少女ならできるかもしれないのだが。
「あのね?それは、炎がココまで連れてきてくれたの!!」
「エ、ン…?」
リョウは聞きなれないイントネーションの名前に首をかしげた。
「うんっ!私と同い年ぐらいかな…?珍しい真っ赤な髪の男の子でね?」
「男の子?」
「そう!!ほら、そこに…!」
そう言ってティアラはテーブルの近くにある椅子を指差した。
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