「あれ…?」


捜索開始から半刻。

僕はまた見慣れた広間を目にした。

―――奥さんに勧められたとおりに案内役をつけてもらえば良かった。








3.捜索開始









リョウは、我慢の限界だった。人の家のど真ん中――かどうかは定かではないが――で叫ぶなどとは非常識にもほどがあるというのは重々承知している。
だが、その常識をかなぐり捨ててでも、リョウは叫びたかった。人間、限界を超えると、リミッターが上手く制御しないらしい。

「ここまで入り組んでたら、既に家なんてものの域を越えてるに決まってるだろーっ!!!」

広すぎる広間にリョウの叫びがエコー付きで虚しく響いた。それが響き渡るのを自分自身で耳にした後、リョウは本日三回目の盛大な溜め息をついた。

「ここに戻るのはコレで三回目。」

律儀に数を覚えている自分が恨めしい。初めて来たはずなのに、既に見慣れてしまった広間を見渡し、“あそこは左に曲がるべきだったのか…?”と来た道を思い返し自問自答する。
この地図がいりそうな屋敷で、今度はリョウが迷子寸前な状態だった。

「でも、とにかく前進あるのみか。」

休むこともせずに、そう言って大きな広間を後にしてこれもまた見慣れてしまった廊下を進む。そして、さっきは一つ目と二つ目の曲がり角で曲がったからと、広間を出てから三つ目の曲がり角を目指す。

「これで、また戻ったりしないよな…?

」 次も同じだったりしてみろ。なくに泣けない状況である。これまで、ずっと次こそは…!と思い足を進めて来たリョウだがその度に迎えるのは広間という同じ結末。
何か自分には呪いでもかかってるんじゃないかなどと考えつつ、リョウは先へと進んだ。

だが、そう心配した矢先の事―――

「あれ――?」

長く続く廊下を進むリョウの目線の先の見慣れない階段が現れた。

「……逆戻りは免れそうだ。」

もう、あの広間に戻らなくてすむと安堵して、階段をのぼる―――ちなみにリョウは捜索開始から人に逢っていないのだ。

誰かに道を聞けば良いと思うだろうが、それも無理なのである。何故、こんなお金持ちのお屋敷に人がいないのか――
その理由は単純明快のようであっても、理解はしがたかった。

――ここの先代の当主は莫大な富を残す偉人だったが、相当な人嫌いだったらしく、使用人は信頼のおける先々代の者以外を除いて全員クビにしてしまったらしい。それの名残りがあってか現当主であったシャーラの夫、亡きドイスも数人しか使用人を雇わず、この広い屋敷に今ではコックも含めて、二十何人ほどの使用人しかいないのだと言う。

使用人が二十人ほどだなんて、普通では多い数だと思うだろう。だが、この広い屋敷には足りる数ではない。ここで常識は通用しない。

「うわぁ。」

長い階段をのぼり終えたリョウが急に声をあげた。その顔は相当嫌なものを見たかのように歪んでいる。
そして、その目線の先には――――

「最悪だ。」

見慣れた形をした、広間への大きな扉があった。









「もう、嫌だ。」

広間でポツリと声が響く。
そして、その声の主は広間の扉に寄りかかるようにして座り込んでいた。

「何で誰とも逢えないうえに、此処に戻ってくるんだよ。」

“これは何かの呪いか?”と本気で思いはじめながら、もう何もかも諦めたとでもいう声をだすリョウには、少しながらも疲れが見えた。

捜索開始から、約五十分。殆どが歩きっぱなしで、そろそろ足もジンジンと痺れを訴え始めている。

「でも、本当に何処に行ったんだろ。」

そう呟いて、行方不明の少女のことを思い返す。迷子といっても一日中探していれば見つからないこともないだろう。 それに、今でも多くの使用人たちが娘を探し回っているという。

―――それなのに見つからないのは何かしら訳があるのか?

リョウは誰もいない広間を見渡し、ふぅ、と息をついた。

「考えても無駄か。所詮はただの大きなお屋敷だよな。ごく平凡な家に何か裏をかかなきゃならないことなんて無いだろうし。」

考えるだけ無駄。
そう思って、リョウが立ち上がろうとした―――




≪ おかあさん ≫



「っ…!?」

―――その時だった。
微かな声のようなものが耳に届く。リョウは身体をビクつかせた後にキョロキョロと辺りを見まわした。

「声が…?」

しかし、その広間には誰もいない。そう、リョウ以外には誰もいない。
それを確認するとリョウは顔に手をやり、“ついに疲れがココまで来たか”と嘲笑を浮かべた。






≪ だから、だいっきらい ≫





「やっぱり…っ!!」

だが、その声は今度は先程よりもはっきりとリョウの耳にとどいた。流石に何を言っているかまでは分からなかったが、確実に聞こえた。

「女の子の、泣き声…。」

それは、泣いている女の子の声のようだ。。目を閉じて、座ったまま耳に全神経を集中させる。

――ー何処だ?一体何処からだ。

また声が何かに当たっているような音とともに、リョウの後方から響く。だが、座り込んでいるリョウの後方は広場の壁。それに微妙に後方ではないようだった。

――いや、後方ではあるけど……下か?

リョウは良く聞き取れない事にイラ立ち、顔を歪める。この声の主は恐らくではあるがティアラだろう。
そして泣いているということは――――とにかく早く見つけ出さなければ。





カツッ、トタットタッ、カツッ、カツッ





そう思い、焦りを募らせていたリョウの耳に、声とは違う――まるで誰かがふらふらと歩いているようなそんな音が聞こえた。慌てて目を開いて辺りを確認すると、リョウの居るのとは反対側の扉が開くところだった。


「うわぁ、う、うわっ!うわわ!!っと!ふう、危なかったなぁ。」

山のようなシーツをふらふらと運んでいるメイドの姿があった。恐らく、シーツの山のせいで前が見えていないのだろう。その行動は危なっかしい意外の何者でもない。

「あの、スミマセン!!僕、奥さんに雇われた何でも屋なんですが!!」

リョウは一瞬その実に危なっかしい光景に固まりかけたが、そんな事で固まっている場合じゃないと、やっと出会えた人に話しかけるべく後ろの壁に手をついて立ち上がろうとした。

「ここの下!真下の部屋に行きたいんです!!」





ガコッ






「――――ガコッ?」

リョウは妙な物音のしたほうにとっさに顔を向けた。すると、自分が立つために手を置いた壁の所がちょうど正方形にへこんでいる。それに気づいて慌てて手をどけようとしたが、時は既に遅し。

「うぁっ…っ!?」

そこが更にへこんだ。なにかの仕掛けのように、ひとつの部分だけ押せる仕組みになっていたのだ。
その反動でバランスを崩し、後ろに倒れこんだリョウの後ろに―――

「うぁっ……ちょ、ちょっと待ったぁぁぁっ!!」


――あるはずの壁は無かった。

その代わりに人がちょうど入れる位の長方形に開かれている。ちなみに、その下は空洞になっており、リョウの悲痛な叫び声はゆっくりと落ちていくかのように、広間から遠ざかっていった。







「わわ!どうかなさいましたかぁ!?大丈夫ですかあっ!?」

そんな事が起こったことなんて目の前のシーツの山で全く分かっていないメイド。
つい、先程までリョウが居た空間にこれまた危なっかしい足取りで、長い髪を揺らしてかけてゆく。

「それと、この下に部屋なんてないはずなんですけどぉ―――あれ?」

シーツの山から顔を少しずらしてみてみれば。

「何でも屋さん?」

先程、自分に声をかけた何でも屋の姿が見当たらないことに首をかしげた。そう、そこにはただの壁があるだけだったのだから。







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