「………でっかっ!」


一番最初に出た言葉がソレだった。

本当の事を言うとそれ以外に言葉が出なかっただけなんだけど―――

何か、それじゃマヌケだろ?







2.かくれんぼ






1時間ほど前のこと。リョウは仕事場――もとい自宅のソファに横たわっていた。無機質で質素な部屋に置かれた時計は、もうすぐ十一時を指そうとしている。

「………今日は確か仕事入って無かったよな。」

無気力さを全開で天井に向かってポツリと呟く。この頃は仕事が忙しい所為か、それともベットがあわない所為か、理由はどちらにしろ睡眠不足であるリョウが、眠気に負けるのは時間の問題だった。

「どうせ、今日は何も無い…んだし…」

すでに、意識を手放そうとしていたリョウの瞳がゆっくりと閉じる。そして少しばかりの静寂が部屋に訪れ――――




バタンッ




「申し訳ありません!!何でも屋というのは、ここでしょうか!?」

――訪れはしなかった。リョウはその音と声に驚いて、バッと身体をソファから起こした。

依頼人(クライアント)……?」

元々、ここの仕事は表と裏が分かれている。表の仕事は、迷い犬探してます、臨時バイト募集中など日常的なものだ。そして裏の仕事は、軍内部の情報収集、盗品奪還、窃取、とさまざま。わざわざ依頼人がここに出向いてくるということは、表の仕事のようだ。裏のシステムはそのようなシステムではない。主にコンピューターを通して、多々やってくる依頼を、リョウが適当に選別してこなすというシステムだ。

状況を確認するかのように辺りを見まわした。先程の音でバッチリと目は覚めた。

カラン、カラン。と申し訳なさそうにドアベルの音が聞こえる。

「はぁ、今日は寝られるかもとか思ったのに。」

盛大な溜め息を一つついて、ソファから降りる。そして、凄い音がしたドアが壊れてないことを祈りつつ、店の方へと顔を出した。







「つまりは――」

眠りが妨げられてから五分ほど経っただろうか。

リョウが仕事に使っている側へと顔をだしてみれば、美しい蒼い目の女の人が、十歳くらいの少年を連れて立っていた。
ほんとうは、今日はやってないんですが――とリョウがその女性に説明しようとしたとき、その女性は端麗な顔を盛大にゆがめてリョウにすがりつくように、叫ぶものだから、リョウは半分仕方なしに話を聞いていた。

「行方不明のお子さんを探して欲しいと?」
「はい。もう、昨日からずっと姿が見えずで…っ」

つまりは、行方不明の捜索が、今回の仕事のようだ。
女の名前はシャーラと言うらしいのだが、そのシャーラは目に涙を浮かべてリョウに訴える。その右隣にはシャーラの息子でロードというらしい少年が、自分の母の顔を不安そうに見つめていた。

「どうか、娘を…!ティアラを探してはいただけないでしょうか…!?」

バンッと目の前の机に両手を置いて身を乗り出し、シャーラがリョウに詰め寄る。

―――僕の貴重な安眠時間は、行方不明…というか昨日からくらいだったら家出かなにかじゃないのか?まあ、とりあえずそれの捜索に潰されるわけだ。

リョウは顔には出さずとも内心はこんな感じだった。

「……分りました。その依頼お受け致しましょう。」

リョウは内心溜め息まじりで依頼承諾の言葉を返した。

「そのかわり…と言うのも妙ですが、もっと良く話を聞かせていただけませんか?」
「はい…!それはもちろん!!引き受けてくださるのですね…!!」
「まぁ、それが僕の仕事ですからね。」

喜びの表情をみせるシャーラにリョウはニコリと愛想笑いを浮かべた。内心の面倒だという気持ちを押し隠してではあるが、ここは営業スマイルというやつである。
この前のような裏の仕事が無いときには、こんな仕事が来る事は珍しくない。

この店で何でも屋をやっている者の名は、あくまでリョウ・シルセディア。
そして、裏で凄腕の便利屋として知られている者の渾名は双頭の鷲。
同一人物なれど、知らない他人がリョウと双頭の鷲を結びつけることはないのだ。

「ありがとう。では、貴方にお話すれば宜しいのかしら?」
「―――はい?」

にこやかに―――かつ安心したようにシャーラが言った。 リョウは“他に誰に? ”という疑問から愛想笑いも剥れ、素っ頓狂な声をあげた。

「あら?だって、貴方は助手さんか何かじゃないのですか?」


お若いですし。と。

実際に、リョウ・シルセディアであるときには何度も聞いたような気がする言葉。
どうやら、このシャーラという女性も以前にリョウが出会った人々と同じくリョウは助手か何かで、依頼を受けてくれるのはもっと大人だと思っているらしい。

「申し訳ないのですが。」

“ 助手 ”と言われて、内心ではムッとしながらもその誤解を解くべく、リョウは口をひらく。

「僕が、この店をやっているリョウ・シルセディアです。」

怒りのせいか1オクターブほど低くなっているその声にその言葉にシャーラは大きく目を見開いた。







それで、今に至るわけだ。リョウは大きなお屋敷の門の前に呆然と立ち尽くしていた。

シャーラに詳しい話を聞けば、どうやら行方不明になっているのはその娘のティアラと言う女の子らしい。そして、その兄にあたるのが先程一緒にいたロードと言う男の子。父親は?と聞けばどうやら、妻子を残して他界したという。

その遺産で今は暮らしているというが、それだけで暮らすというのも気が引けたらしく、自分も仕事を始めたために子供と触れ合う時間が少なくなった。それが、居なくなった原因ではないかとシャーラは語った。

“あぁ、やっぱりただの家出か”

そう思ってリョウは顔には出さないが気を重くした。
あくまで、営業スマイル。それが表の仕事。リョウ・シルセディアであるときの決め事だ。


だが、ここに来る途中の車の中でその経緯を聞いて、リョウは唖然とすることとなる―――


―――なぜなら、そのティアラは“屋敷の中で行方不明になっている”というのだから。


仕事から帰ってくれば行方不明にという話を聞きながら、リョウは“そんなバカな事があってたまるか”と頭の片隅でめまいを覚えたが、この屋敷を前にして、この大きさなら寧ろならない方がおかしいと思い直した。

“もしかして、軍の国家施設よりも大きいんじゃないのか”

そんな事を考えつつ、ティアラ捜索と、更に詳しい情報を得るために招かれるままに屋敷の中へと入っていった。






BACK / TOP / NEXT