「これ、なんてどうでしょう?」
「素敵なオルゴールですね。何だか懐かしい。」


古びたアンティークショップ。
そこで小さな店員は、小さなオルゴールを手にとり、客の女性に勧めていた。彼女はそのオルゴールを見ると、小さく微笑み、率直な感想を述べる。


「アンティーク物ですから!それにコレはきっと貴方の為にあるものです。」
「あら、可愛いことを言ってくださるのね。」
「だって、本当なんです。貴方の為に作られた物なんです、きっと。」


真剣な静羅(セイラ)の物言いに客の女性は、少しだけ戸惑う。しかし、すぐに笑顔に戻って、決めたように口をひらいた。


「そこまで言われたら、私も運命を感じるわ。これ、下さいな。」


そういうと、早々とカウンターに行き、会計を済ませた。


「何だか、ココに来て気分が軽くなった気がするわ。」
「そうですか?そう言っていただけると、とても嬉しいです!」
「えぇ。実は色々と思いつめていたことがあって。でも、それも消えたみたい。」


会計を済ませた女性が、ドアノブに手をかけたまま帰り際に静羅に声をかける。静羅が微笑むと、ニコリと女性も微笑みかえした。


「また、重たい気分になった時は、このオルゴールを聞いて頑張るわ。」
「はい。きっと、そのオルゴールも喜びます。」


“その為の、オルゴールだから”
そう呟いた静羅の言葉は、女性に届いたのか届いていないのか。彼女は軽快な足取りで、その店を後にした。


「ありがとうございましたー。」


勢いよく頭を下げた静羅の茶色の髪が揺れるのと、店のドアが閉まり、そのドアの上方についているドアベルがカラン、カランと涼やかな音を出すのは、ほぼ同時だった。
それを見届けた静羅は小さな顔に疲れたという表情を浮かばせて、ため息をつく。疲れの所為か、多少重たそうに見える身体を引きずって、彼女は店主の元へ向かった。


「あの人も、結構溜め込んでたなぁ…。」










「これで五人目ですよ、五人目!!」


“だぁっ!”という訳の分からない奇声と共に机の上に倒れこむ。すると、こちら幾分か瞳に疲労の色を浮かばせた影知(エイチ)が、顔をしかめながら答えた。


「本当におかしいな…。何時もならこんなに多く“憑かれた”人間が来るわけないのに。」
「お店が繁盛してくれるのは嬉しいですけど。これで、当面の生活費には困りません!……でも、不思議ですよね。本当に。」
「しかも、客は日に日に増えているしね。五日前は一人。三日前は二人。そして今日は五人――」


大きなため息が自然と影知の口から零れる。だが、その表情は疲れのなかに不安が織り込まれたものだった。


「まさか、あっちで何か起こっているのか?」


むぅ…と影知が考え込む。だがしかし、すぐにふっと表情を緩めるとそんなわけないかと自己完結で終わらせた。


「ねぇ、影知さん、影知さん。」
「何だい?」
「ところで、何でこの店には“憑かれた人”が来るんですか?」


机に突っ伏していた静羅が、まるでふと思い出したように尋ねる。その瞳には今や疲れよりも色濃い、好奇心が浮かんでいた。


「ずぅっと気になってたんですよ。 何で普通の人はまずこの店に辿り着けないのに“負力(フリョク)に憑かれた人”は辿り着けるのか。」
「あれ?前に説明しなかったっけ?」
「説明してくださいって頼んだら影知さんが面倒だから今度で流したんじゃないですかぁっ!」


ぷぅっと頬を膨らませる静羅。影知が大きくため息をついた。







「まず、始めに……そうだなぁ。“負力(フリョク)”について説明しようか。」
「はいっ!お願いします、先生!」


机に二つのカップ。
小さく湯気をたてているソレはコーヒーとカフェオレだった。影知は元気よく返事をした彼女を前に、一口だけコーヒーを含むとふぅ、と一息ついた。


「負力っていうのは……まぁ、簡単に言えば人を壊してしまう力とでもいうのかな。例えるなら、絶望とか。でも、その負力っていうのは別に特別な誰かが持っているものじゃない。この世界にある、とある場所から溢れ出しているんだ。さしずめ、源泉から水が溢れるようにね。そして、それは何かの病原菌と同じように、徐々に徐々に世界へ広がっていく。そうして、僕らのこころのなかに、するりと入り込む。まあ、風のウイルスみたいなものさ。何処にでもあって、珍しいものじゃない。」
「つまり、私達の身の回りにはつねにその負力があるのですか?」
「その通り。例えば…そうだな、例として殺人事件があったとする。」
「物騒な例えですね…。」
「それでも、この例えが一番分かりやすくて現実的なんだ。」


影知が苦笑いを浮かべた。





「例えば、その殺人事件のきっかけは小さな妬みから始まった。」


そう、本当に些細なことでも。


「妬みは元々人間が持っていて、抱くもの。つまり感情の一つなわけなんだけど、」


人を憎むもの妬むのも人間だけが持つ感情。


「負力がそこを目ざとく見つけてしまった。そして、ソコにつけ込んで妬みを糧に増幅した。」


負の力は感情を糧に増幅して、人を蝕む。


「そして、増幅した負の力は最終的に一つの思考だけ残して人の精神を埋め尽くした。」


人間なんて哀れなマリオネット。思いの丈が強ければ強いほど、絡む吊り糸は強固なものに。


「さぁ、その思考って一体なんだと思う?」


マリオネットは踊る踊る。


「……妬み、ですか?」


切れない吊り糸に絡めとられて、苦しくて、もがいて、もがいて、もがいて。


「正解。じゃあ、その人はどうなってしまうんだろうね?」


からまる、からまる。


「……どうなってしまうんですか?」


哀れな、哀れなマリオネット。




「殺すのさ。妬んでいる人間をね。」


最後は吊り糸に絡まって、首吊り自殺。






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