薄暗い部屋。

ほのかに、香ばしく上品な香りが漂う。 ―――中世ヨーロッパ時代の造りととれる古びた釣りライトが部屋の中心に一つ。その薄明かりが照らすのはアンティーク物のクローゼットや大きなソファ。


そして、異なる二つの影だった。


「……もうすぐ、来るんじゃないですか?」
「来るって……誰が?」


静羅(セイラ)がカップを食器棚から取り出しながら、ポツリと呟くように尋ねる。椅子に腰掛けて窓の外を眺めていた影知(エイチ)は静羅に視線を移しながら尋ね返した。


「あの人達ですよ。そろそろ時期ですし。」


コポコポとコーヒーメーカーが音を立てた。静羅はそのスイッチをパチッという音をたてて切って会話を続ける。コポコポという音が鳴り止んで、今度はコーヒーメーカーに僅かに残ったコーヒーが、ポタリ、ポタリと受け用のポットにちいさな粒となって落ちる音へと変わった。


「あぁ、その事か…。でも、少し早いんじゃないかな?」


茶色の髪を揺らしながら、静羅がトレーにカップとポットを乗せてきたのを見上げ、影知はもう一度、窓へと視線を戻した。
小さな雨粒が、小さな自己主張。しとしと と、静かに降り続いているのだった。


「それも、そうですね――― 止みそうですか?雨。」


納得した表情を浮かべて、静羅が慣れたとは言えない手つきでコーヒーをカップに注ぐ。影知はその音を聞きながら、じっと雨の降り続く外を窓越しに見つめていた。


「さぁ。どうだろうね。」
「…珍しいですね。雨好きの影知さんがそんな事を言うなんて。」


“はい、どうぞ”とコーヒーカップを机に置きながら静羅は少し驚いたように言った。窓から向き直った影知は、その置かれたコーヒーを見ると、一度少し静羅を見て、また視線を戻す。
そして、コーヒーを静かに見つめたまま少し間を置くかたちで口をひらいた。


「……明日は、雪かな。」


ポツリと呟くように言った影知の言葉に、静羅は首をかしげる。


「何で明日は雪なんです?今は冬には程遠いのに。」
「ああ、それは…。」


好奇心一杯に静羅がたずねる。影知は机に置かれたコーヒーをそっと持ち上げると、口元へ運びながら言った。



「静羅が、きちんとコーヒーを入れた。こんな珍しい事があれば雪が降るに違いないと思ってね。」




部屋にコーヒーをすする音だけが残った。影知の言葉に、静羅は訳がわからないといいた気に顔をひそめたが―――


「えぇぇぇっ!?」


その意味に気付いたらしく、不本意そうな表情で声をあげた。


「どぉいう意味ですか、影知さんッ!!」
「そのままの意味、かなぁ。」


悪びれた様子も無く影知はコーヒーを喉へ流し込む。しかし、その口元が微かにつりあがっているのを静羅は見逃さなかった。


「何で笑ってるんですかっっ!!もう、これからコーヒー入れてあげませんよッ!」
「あーぁ、それは困るな。どうしようか。」
「顔が笑ってますってばぁぁっ!!!」
「気にしない、気にしない。」


影知がコーヒーを飲みながら小さく笑う。“気にしますよ!気にすべきところです!”という静羅の叫びが店内に響いた。














ほろ苦いコーヒーの香りただようアンティークショップ。

だが、その店を訪れるには必要なものがあった。それは目に見えずに、人を蝕んでゆくもの。



ほろ苦いコーヒーの香りただようアンティークショップ。

そこは忘れ去られたモノ達が集まる所。古びたモノ達が集まる所。忌むべきモノが集まる所。

―――――そして、知られざる世界へ繋がるところ。



世界はもう一つの世界と平行している。さあ、汝も、その店の扉を開け。




その店の名は――――空中楼閣(くうちゅう ろうかく)






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