女神よ、泉の女神、ルルドの女神。
どうか叶えて下さい
どうか奇跡を下さい
どうか、どうか――――
「Bernadette」
ある深い森の奥に、それはひっそりと存在した。
青白い夜。
月は儚げに森を照らし、
その光に照らされた泉はその光源を映していた。
淡い藍色の光が、ゆったりとその泉を染めあげる。
青白い夜。
風が森と話すこともなく
そこには、ただ張りつめた静寂だけがあった。
泉の水面は澄み切っていて、そして鏡のように平面だ。
―――泉は、青い鏡のようだった。
そして、ベルナデッタはそこにいた。
静寂に紛れるように、彼女はそこにいた。
銀色の髪をなびかせて、透き通るような肌を地につけて――
もし、誰が気付かずとも
屈み込むように泉を覗く彼女は確かに存在していた。
「人は、とても愚かな生き物です」
鈴が鳴るような声で、ベルナデッタが言葉を紡ぐ。
泉の水面はゆれる事もなく張りつめていた。
「人間は理解しあうという事を知らない」
泉はただ青い光を放っていた。
それは希望というにはあまりにも儚げで
それは絶望というにはあまりにも美しくて
ベルナデッタは、何処か遠くを見据えるようにして泉を覗きこんでいた。
「価値観と善悪の基準は全てに共通ではないというのに」
悲しげに、鈴のような声が響いた。
そして、ベルナデッタはそっと泉の水面に手を触れた。
つい――と水面に触れた指先から出るように波紋が広がる。
泉に映った、月が歪んだ。
歪んだ月の近くには、迫り行くむら雲。
「所詮、人間は愚かしい生き物なのです」
そう悲しげに呟いたベルナデッタは、ゆっくりと手を泉に沈めてゆく。
手が入り、腕が入り、ついに肩までを泉が飲み込んだ。
音も無く、彼女は全てを泉に沈めてゆく。
――その時、月が雲に陰った。
月明かりさえを失い、泉は静寂と暗闇に包まれる。
全ては言葉を失い、全ては音を失った。
暗闇だけが支配する世界。
つかの間の暗黒は月明かりがもたらした全てのものを奪っていった。
――――― 一筋の光が、暗闇に差しこんだ。
徐々にその光は体積を増していき
ついにはその明かりが全ての静寂と暗闇を追い払った。
全ては言葉を取り戻し、全ては音を取り戻した。
空にはむら雲が過ぎ去った満月がゆったりと浮かんでいる。
しかし、もうそこにベルナデッタの姿はない。
泉はただ、幻想的に月光を反射して、
青く輝きつつ、その水面に波紋を残すだけだった。
「ねぇ、知ってる?」
「知ってる、知ってる。聖なる泉の話でしょ?」
「願いを叶えてくれるんだってね」
「うん。そうなんだってね」
―――――人は最も欲深く
「どんな願い事でもいいのかなぁ?」
「女神様がいる泉なんだもん。何でも良いんだよ」
「じゃぁ、僕の嫌いなものを全部消して下さいとか」
「きっと、女神様は叶えてくれるよ」
―――――人は最も罪深く
「でも、女神様が叶えてくれなかったらどうしよう?」
「その時はお父さんの鉄砲で脅せばいいんだよ」
「女神様も鉄砲は怖いのかな?」
「きっと、女神様も鉄砲は怖いんだよ」
―――――人は、最も愚かしい
それを嘆くは泉の娘
銀翼のような髪をはためかせ降り立つ娘
悲しい娘 人の存在を嘆き続ける娘
―――――――そう、人を嘆くはルルドの女神
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以上、蒼神さんからのリクエスト「泉」をテーマにでした。
久々に幻想チックで物静かな雰囲気のものを書けて良かった…!
ちなみに泉については有名なルルドの泉とベルナデッタから頂きました。
しかし、蒼神さんの期待に答えられたかどうか…(ガタブル)
2222のキリ番を踏んで下さった愛しの(コラ)蒼神さんに捧げます。
蒼神さん!こんなモノで宜しければ貰ってやって下さい!