「どうか、明日も幸せに過ごせますように」
オレンジ色の夕日がステンドガラスに反射して、教会をオレンジ色に染めた。
もうすぐ、夕方のカリヨンベルが鳴り響く。
夕日に染まった教会には少年が一人――
神の像に祈った後に、小さな身体を立たせて、パンパンとズボンをはたいた。
丁寧に掃除された教会の中を、祈りを終えた少年は出口へと歩みを進めていく。
大理石の床が、コツコツと少年の靴を弾く音が響いて、大きな扉の前で止んだ。
その大きな協会の扉は美しい木彫りの細工が施されていて、
何時も美しい天使と衣を纏った神が、教会から帰るものを見送っている。
少年は、そっと扉をあけた。
「うわ…っ!」
強い風が少年を襲う。雲ひとつなくオレンジに染まった空には似つかわしくない強い風だった。
教会の中を風が吹き抜けると同時に、後ろに流された少年の夕日色の髪が、
扉から差し込む夕日に照らされて、更に 燃えるように輝く。
少しして、風が弱まった。
きつく閉じていた瞳を薄く開くと同時に、少年はある事に気付いた。
―――眩しくない……
何時もの時間帯であれば、教会の扉の方へ夕日が沈んでいくのだから、
夕日の光が、強く少年を照らすはずなのだ。
しかし、眩しくはない。少年は何だか自分に影がかかっているように感じた。
何かが、少年と夕日の間に立ちふさがっているように……
「……遅いっ」
「ぁ、クロセス……」
その少年の考えは、見事に当たっていた。
『Carillon』
少年――名をシェイドという――の前に立ちふさがったのは、薄い緑の髪の少年。
クロセスと呼ばれたシェイドの頭一つ分くらい高いところにある彼の瞳は、
夕日の逆光で見えなくとも、何やら不機嫌であることを訴えていた。
「"ぁ、クロセス"じゃねぇよ。何時も長々と女みたいに祈りやがって」
「酷いな。よくよく考えれば、君の為に祈ってるのに」
その言葉にむすっと表情を歪ませてシェイドは答える。
それを見て、クロセスのフォレストグリーンの瞳は呆れたかのようにシェイドを捕らえた。
「ンな事知らねぇよ。俺は祈ってくれとは頼んでないし、あんなモンに祈っても仕方ねェ事は知ってる」
「クロセスがそんな事言っちゃったらおしまいじゃないか…」
ぶっきらぼうなクロセスの言葉に、シェイドは不機嫌も吹き飛び、苦笑いを浮かべた。
それを聞いてクロセスは更に呆れたかのように溜息をつく。
そして、ビシィッと教会の扉を指差すと、少しだけ声量を上げて言った。
「俺が言いてぇのはそういう事じゃねぇ。あんな空っぽに祈っても仕方ねェって事だ!」
"空っぽ"という言葉を妙に強調しながら、ビシリビシリと教会の方へ指を突き立てて、
クロセスはキョトリとしているシェイドに向かって捲くし立てた。
つまりは、クロセス曰くアレは空っぽの只の像で神が宿ってるわけでも無いから意味が無い。
と、そう言いたいらしい…。
シェイドはソレを幾らか呆けたようにして見ていたが、クロセスがそう言い終わると顔に、自然と笑みを作った。
「でも、僕は知ってるよ?」
クロセスの影から逃れるようにして、シェイドは右へと二、三歩進んだ。
沈みかけた夕日が、シェイドの夕日色の髪は夕日に照らされて、負けずおとらずに輝く。
シェイドはクロセスの方へ向き直ると、もう一度ニコリと笑った。
「神様はちゃんと願いを聞き入れてくれる事」
「……おっ前なぁ……」
リーン ゴーン リーン ゴーン ―――
クロセスが盛大についた溜息は、夕暮れのカリヨンベルに掻き消される。
シェイドはその音を聞いて、ゆっくりと顔をあげた。
黄金色のカリヨンベルに、あと僅かな夕日がキラキラと反射して、
まるでそれは小さな夕日が輝きを放っているようで、とても美しかった。
シェイドがカリヨンベルを見上げていた顔を、ふと隣に移す。
隣のクロセスもジッと見惚れるようにカリヨンベルを見ているようで、シェイドは笑った。
「ほら、クロセスのお説教が嫌だなぁーって思ったら止めてくれた」
「……バカだろ、お前」
にこにこと笑っていると、クロセスに軽く頭を小突かれた。
クロセスはシェイドを軽く小突いた後に、もう一度盛大に溜息をついた。
呆れているのか、言い返す気力も失せたのか……。
恐らく両方であろうが、シェイドはそんなクロセスを見てもう一度笑った。
じわじわと、闇が夕日を喰いつくしていく。
夕日色に染まっていた大地が、薄暗い灰色と闇色に染まっていった。
そして、また僅かな光が現れる。月の光は全ての大地の灯火のように、優しく輝いていた。
地面を薄明かりが照らし、闇色を消していく。
星明りがそれを助けるように、きらりきらりと輝いていた。
「あーぁ。クロセスがウルサイから夜になっちゃった」
「元々、女々しく長々と祈っていたのは何処の誰だ?」
“僕は知ーらない”とシェイドが笑えば、クロセスは“お前だ”と笑顔で答える。
もちろん、それは屈託のないというよりも、裏のある笑みと言った感じだが、
シェイドはそれにも動じないようで、ただクスクスと笑った。
「に、してもマジで暗くなっちまったな」
ポツリとクロセスが呟いて、空を見上げる。
シェイドもつられて空を見上げれば、空は星が輝く月夜だった。
「歩いて返るもの面倒だし……久々に“飛ぶ”か?」
その言葉にシェイドは驚いてクロセスを見た。
すれば、彼は悪戯な子供のようにニヤリと口の端をゆがめて笑った。
「もっ、もしも人に見られたらどうするの!?」
「そん時はそん時。もう暗いんだし、見つからねーって」
その言葉に、シェイドは少しだけ考えこんでやめた。
クロセスが一度言い出したら何を言っても聞かないことが分かっていた。
それに、シェイド自身も心の片隅では同じ事を思っていたことに気付いたから。
「そうだね。お願いします」
「そうこなくっちゃな!」
シェイドが微笑みながらクロセスを見れば、彼も面白そうに顔を見合わせる。
口の端をクッと上げてニヤリと笑うクロセス。
その笑い方は、何処か子供らしくない笑い方だとシェイドは何時も思っている。
子供を“演じて”いるのだから、その笑い方は控えた方がいいというのに彼は相変わらず。
でも、シェイドはその笑い方が本当は好きだった。
「んじゃ、行くぜ?」
そんな事を考えていると、クロセスの声が頭上から降ってくる。
ソレと同時に彼はツィ…と腕をあげて、人差し指をピッとシェイドに突きつけた。
円を描くようにして、クロセスの指がシェイドの前で動く。
すると、シェイドの周りをふわりと草木の香りが舞った。
足元で草が旋毛を描く。
シェイドの夕日色の髪が暗闇に舞った。彼は、風を纏っていた。
「やっぱりさ、クロセスが長々とお説教するのが悪いよ」
「……まだ懲りてねぇな?お前」
下は、色々な明かりが宝石のようにちりばめられた街。
上は、これほどにない位に美しい星々のちりばめられた空。
身体は暖かい風を纏いながら、空を流れてゆく――
月が、とても近くに見えて
街が、とても遠いもののように感じられた。
二人は、空を“飛んで”いる。
「クロセスは祈った事ないから分かんないんだよ」
不機嫌そうな彼の横顔を見ながら、シェイドは言った。
普通に自分と会話をしながらも、自分の周りの風は乱れることがない。
そう、彼が“操っている”風は――
「一回、クロセスもお祈りしてみれば?」
「バーカ。ンな身の毛のよだつような事するわけねーだろ」
“マジで寒気がする”と、クロセスは自分の身体を抱きしめた。
「自分で、自分の虚像を祈れってか?お前がやれ、シェイ」
「僕はクロセスみたいに崇め祭られてないから無理だよ」
「俺がお前の像を作ってやる。だから、お前が言った事がどれだけ酷か知れ」
乱暴な言葉だったが、シェイドから見たクロセスの横顔は笑っていた。
それを横目でチラリと確認する。
「いいよ。―――でも、本当に祈りは届くんだよ?」
「まーだ言ってやがんのか?残念だが、俺は人間の願いなんて叶えた事ねぇな」
「あーぁ、嘘つきは泥棒の始まりだよ?」
「俺が何時嘘ついたってんだよ?」
「秘密」
「馬鹿だろ、お前」
その言葉にシェイドはクスクスと笑う。
そんなシェイドが気に入らなかったのか、はたまた呆れかえってしまったのか…
恐らく前者であろうクロセスはフンッと鼻をならすと、前を見据えた。
シェイドの身体に、強い圧力がかかる。
目に見えるものがさっきよりも遥かに早く過ぎ去っていった。
「うぁっ…!は、早いよクロセス…!!」
「ウルセェ。急がねーと誰かに見つかるかもしれねーだろ」
「クロセスって自己中心的な風の神様だよね」
「黙れ、落すぞ?」
にっこりと笑顔をつくったクロセスに、シェイドは大人しく押し黙る。
何しろ目が本気だった。落とされたくはない。
徐々に身体にかかる圧力が弱まっていく。
辺りの景色が、ゆるりと流れるように過ぎ去っていく。
耳の辺りを、風の音がヒューヒューと流れた。
シェイドはクロセスを見た。
その視線は真っ直ぐ目の前を見据えていて、風を操るのに集中しているようだ。
「ありがとう」
風が、強かった。
「ぁ?今、なんか言ったか?」
「ううん。なーんにも?風の音じゃないのかな」
その言葉に、クロセスは“あぁ”と納得して、また視線を前に移す。
月は、高く、優しく、二人を照らしていた。
―――神様は、願いをきちんと聞き入れてくれる。
シェイドは月を見ながら、そう思った。
何故ならば、今、自分はとても幸せだからだ。
教会にある風の神の像に
『神様、どうか僕に友達を下さい。幸せを下さい』
そう祈った少年は、クロセスの隣で幸せそうに笑っていたからだ。
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き、きっと意味の分からない方が大多数だと思います…(滝汗)
つ、つまりクロセスさんは教会にまつられてる風の神様で、
シェイドの「友達がほしい」という願いを聞き入れて、下界に。
リクエスト「風と少年」なのにどちらかというと「風の少年」。
説明の必要なものを書くなよ!という話ですね、申し訳ないです。
意味不明文でありますが、1000HITを踏んで下さった黒崎さんに捧げますv