「これからが忙しいんだよなぁ…。」

仕事と買い物を終えた僕は、大きな袋を抱えて家路を急いだ。










番外.聖なる日











12月24日。
その日は、雪が降っていた。今は午前11時半ごろ。いわゆる調度よい昼飯時だ。仕事から帰り着いたリョウは自分の家の鍵を開けようとして、ふと違和感を覚えた。
―――鍵があいている?
妙に嫌な予感がした。そう、何か妙に嫌な予感が。ふいに頭の中の記憶に意識をめぐらせる。そして、今の状況はある記憶と一致する事に気付いた。

「あの野郎―――。」
呆れたように盛大な溜息をつく。その溜息は白い吐息と共に、ドアのベルの音に掻き消された。











「で、何故お前がココにいる?」

入ってきて開口一番。挨拶もせずにリョウは自分の家で悠々とくつろいでいる男に声をかける。

「あぁ、そりゃ―――」
「"合鍵があるから"とか言うなよ?手段じゃなく理由を聞いてるんだからな。」

にっこりと、いかにもそんな効果音がつきそうな笑顔を顔にひっつけてリョウが言う。自分の言葉を遮られたのが意外なのか何なのか、テッドは一瞬驚いたような表情をしたのち、リョウの笑顔に対抗するかのように、表情をつくった。

「まぁ、アレだ。適当にふらふらーっと出歩いてたら、何時の間にか…ってな?」
「出てけ。」

一瞬の隙も与えず。
リョウは爽やかに笑って答えるテッドに更に笑って返した。テッドはそれを聞いてやれやれという感じで首をふると、机の上の袋を取る。そして、それをドアの前で笑顔を称えているリョウに投げてよこした。

「だっ…。何だよ、コレ。」
「いや、手ぶらで邪魔すんのも悪ィだろ?」

“だから手土産”と笑うテッドがよこした袋を覗く。リョウは数秒間ほどたっぷりと袋の中身を擬視した後に口をひらいた。

「……仕方ないから、追い出すのは勘弁してやる。」











「で、結局は何をしに来たわけ?」

片手のスプーンでヨーグルトを口に運びながらリョウは尋ねる。
その近くのテーブルの上には、ソレと同じ小さなヨーグルトのパックが二つ。無残にもきれいさっぱり中身はなくなっていた。

「………ンなに喰って、よく気分悪くならねぇよな。」
「ウルサイ。」

パコーンッ。
既にカラになった三つ目のヨーグルトのパックがテッドの額に当たって、いい音をたてて落ちた。

「…っテェ…。オイ、テメェなあ。仮にも人が買ってきたモン投げんなよ。」
「知るか。勝手に人の家に上がりこんどいて何いってるんだよ。」

はっと鼻で笑ってその人物に視線を向ける。
そして、その視線を受けた人物はさして痛くもなさそうに額をさすりながら、少し遠めの屑カゴへとそのヨーグルトパックを投げた。パックが見事な弧を描いて、屑カゴのなかへ小さく音を立てて入った。

「ナイスコントロール。」
「そりゃどーも。って……何処か行くのかよ?」

棒読みで自分を褒めた後に、椅子から立ち上がったリョウに、テッドは不思議そうに声をかける。リョウはリョウでさっさとコートを羽織りながら、既にドアへと足を進めていた。

「まぁね。今日が何の日かぐらい、覚えてるだろ?」
「………あぁ。まだやってんのか、ソレ、」

ドアノブに手をかけたまま後ろをふり返ってリョウが言う。
それに対しテッドは納得したような声色で言葉を返すと自らもコートを羽織った。その行動に、リョウは少し驚いたような表情をつくる。

「ついてくるの…?」
「ダメか?アイツの仕事の引継ぎみてーなモンだろ。俺も手伝ってやるよ。」

珍しく、心遣いを見せたテッド。その心遣いが“アイツ”と呼ばれた人物のことに反応しての事だとが分かって、リョウは少しだけ表情を緩めた。

「じゃぁ、頼むかな。」

その声には、少しの過去を懐かしむ思いを込めて―――











『まぁ、シルセディアさん。是非にあがってらっしゃって下さいな。』


少し遠くから、そんな声が聞こえる。
小さな教会の扉へと続く大きな階段の下で、テッドは様子を眺めていた。内乱後、たった10年しか経っていない今では多くの教会が孤児院も兼ねている。ちなみに、今の今まで回っていたのもこんな教会や孤児院であった。 その質素で美しい彫刻の施された扉から顔をだしたシスターは、にこやかに微笑むとリョウに入るように進めたが、どうやらリョウの方が断ったようだ。

「愛想笑いが……上手くなった。」

少し遠くからサングラス越しにその様子を見ながら、誰に言うにでもなく呟く。愛想笑いを浮かべて断っているリョウだが、シスターも引く気はないようだ。やんわりとしたやり取りが行われているうちに、シスターの後ろから二人の小さな子供が顔を出した。すると、たちまち子供の表情は明るくなり、勢いよく一人がリョウに飛びつく。リョウ自身も笑いを浮かべながら、その子供を抱き上げた。抱き上げられた子供は屈託なく、嬉しそうに微笑んでいるのが赤眼に写る。

「………前までは、あんな風に笑ってたんだがな。」

その言葉は、誰のことを言っているのだろうか――――小さく呟いた言葉は、風にまぎれるように消えていく。

「やっぱ、あの日から変わっちまったって訳か。」

“人間なんて、時が経てば変わるもんだ”
そう思いつつも、何時かでなくあるきっかけによりその人は変わった。
それを防ぐことが自分の約束だったというのに――――テッドはやっとシスター達を振り切って戻ってこようとしているリョウを見て、小さく、自分を嘲るかのように小さく笑った。











「ゴメンっ。ちょっと捕まってさ―――」
「見てた。随分と人気者みてぇじゃねぇか?」

ククッと喉元で笑うテッドに、リョウは蹴ってやりたい衝動を抑えた。

「仕方ないだろ。此処とは一番親しいんだから。」

――――ついさっきまで、教会のシスターと子供達に引きとめられていたのには理由がある。
まず、ここのシスターと子供達とは顔なじみであるという事。そして、自分もここの孤児院の出身であるという事。

「分かってるって。で、ココで終わりなのか?」
「うん。一応は終わりかな?来年は増えるかもしれないけど。」
「オイ待て。既に十件だぞ?これ以上増やしてどうするんだよ。」

呆れたようにテッドは言った。
“既に十件目Wというのは、今までに九件の回っているという事をさす言葉。つまり、リョウはこれまでに九件の教会や孤児院を回っていた。テッドが呆れるのも無理は無い。しかも、こう数々にまわっている理由が理由なのだ。

「仕方ないだろ?国は少しずつ良くなっても、孤児は減ってないんだから。」
「だからって―――今の全部の寄付金の額でさえ十分バカにならねぇんだぞ?」

そう、“教会や孤児院への寄付”。これがリョウがまわっていた理由。

「大丈夫だよ。その分仕事を増やすか、リスクの高い仕事すればいい。それに生活にこまるほど貧乏してないしね。」
「……まっ、お前のやることだ。口出ししねぇけど。」

幾らか諦めの入り混じった口調でテッドが言うのに、リョウは小さく苦笑いを浮かべた。

「この時期のクリスマスプレゼント…かな?」
「気前のいいサンタもいたモンだぜ。」
「前々から続けてたことなんだ。急に途切れたらきっと向こうも困るだろ?」
「……アイツの親切心とお節介焼きの癖には困ったモンだな。」
「ホントに。お陰で、僕が引き継ぐ形になっちゃったよ。」

ふっと小さく笑いを浮かべながら、リョウは小さく息を吐いた。寒さで白くなった息がほわっと舞い上がっては消える。呆れたような赤眼の瞳がサングラス越しに自分を見ているのに気付いて、リョウはまた小さく笑いを浮かべるのであった。

「で、これからどうすんだ?」

“家に戻るのか?”――――目だけでそう投げかけられて、返したのは否定の言葉。そろそろ雪が降りそうな空を眺めながら、リョウはポツリと呟いた。

「花屋とか色々よってから、あそこに寄ろうかなーって。」

息が白い。吐息は蒸気となって空へ舞い上がる。
何秒かの沈黙。白い息も一旦途切れ、訪れたのは小さな静寂。リョウは隣の青年へと目を移した。


「――――仕方ねぇな。どーせだし、付き合ってやるよ。」


もう一つの息が蒸気になって空へ舞い上がった。テッドはまた呆れたように頭を掻きながらリョウの隣を歩くのである。











小高い丘の上。冬になり、草木の枯れた地面の上に小さな墓石のようなものがあった。
そして、それには“ロスト”という名が刻まれている。「失った」などの意味ももつその名が墓標に刻まれているのは幾らか皮肉にも見えた。

「……何年ぶり?」
「一年とちょいだな。」

その墓の前で、一方は小さな荷物を持ち、一方は小さな花を抱えていた。

「メリークリスマス。」

小さく呟いて、花束を墓の前に置く。何処か似つかないその言葉も、今では蒸気となって消えていく。後ろでテッドが伺うようにこっちを見ている事に気付かないまま、リョウはゆっくりと目を伏せた。








「さーて。今度こそ今日の予定は終わりだろ?」

“これ以上働く気はねぇぞ。”
そう付け加えて、テッドは白くなった息を仰いだ。

「僕だって同じだよ。これ以上は動きたくない。」
肩をすくめて、家のドアに鍵を差し込むとカチャリと音がした。その音を聞いた後に、ゆっくりとドアを押せば、家の主が居ない間にも電気ストーブで暖められた部屋が主人と客人を迎え入れる。

「腹減った。」
「……第一声がソレ?」

“この頃、僕の家に来るたびそれじゃない?”
コートを脱ぎながら、呆れたようにリョウは返す。

「十分働いたからな。飯ぐらいご馳走しろ。」
「―――横暴だ。」

ニヤッと笑いながら言うテッドにリョウはそう小さく呟くと、コートをカウンターにかけながら呆れたように溜息をついた。

「クリスマスだ。願いくらい叶えてくれてもいいんじゃねぇの、サンタさん?」
「じゃ、仕方ないからリクエスト聞いてやるよ。」

カウンター越しのキッチンにある冷蔵庫の中身を確認しながら軽くテッドの皮肉を受け流しつつ、頭の中で献立をたてる。

「そうこねぇとな?」

カウンター越しにテッドの少し嬉しそうな声が聞こえて。リョウは呆れたような溜息をつくと共に、今から料理で使う労働力を思って、自分に気合をいれた。







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初の処刑所短編。別名、リョウはヨーグルトがあれば生きていける話。(違)
この度、初登場の名前がいらっしゃいますね。彼の本名はロスト・シルセディア。
いずれ、再び名前がでてくるかもしれないので、いつかの為に覚えて下さると光栄です。
ちなみにリョウは料理上手です。そうして、テッドはきっと殆ど出来ない。