「まぁだ懲りてないんだな?」 大きな鎌を持つ異形な物体に、青年はニヤリという効果音がつきそうなくらい不敵に笑った。 「………」 ―――一体、何だっていうの? 春奈は傷ついた学生鞄を抱きしめながらそう思った。目の前には大きな黒い鎌を持つ、人間ではない異形のモノ。そして、ソレと自分の間に、自分を庇うようにして割り込んできた青年。 ―――あぁ、平穏なあたしの日々を返してくれ。 「おっじゃましまーす!!」 清潔にされているマンションの一室。 ちなみにそこは一人暮らしをしている高校生。西塔春奈(サイトウハルナ)の部屋である。 そこに入ってきたのは、明るめの金髪に髪を染め、妙にハイテンションな高校生の青年と傷ついた学生鞄を抱きしめるように握り締め、その少年の後を何か怯えるようについていく春奈だった。 先にズカズカと部屋に入っていくのは青年。念の為確認しておくが、ここの主はマンション経営者だが、借主は春奈である。 「わーお!このソファ座り心地最高なんだよなぁ!」 「そ、それはどうも…。」 自分の家とも言えるこの部屋ではしゃぎまくる青年をよそに、春奈は自分の家の香りが染み付いたもうひとつのソファに疲れたと身体をうずめた。 ――――本当に、なんでこんなことになっているのだろう。 そう思って小さく目を閉じる。そして、少し前までの自分の行動を振り返ってみた。 そうだ。まず、私は何時もと同じように学校から家に帰っていた。 あぁ、でも少しだけ、ほんの少しだけ、何かで帰るのが遅れたんだっけ? で、とりあえず帰っていた。そして、近道しようと裏道を通った時に―――― 春奈は目を瞑ったまま、身の毛がよだつのを感じた。 瞼の裏に、いまでもしっかりとその光景が浮かんでくる。 血の色をした瞳。人のものでない、酷くただれた肌。長い髪を振り乱して、角張った手のようなものが大きな鎌をつかんでコチラにやってくる。 とっさに前に突き出した、自分の学制鞄が目の前でズタズタに引き裂かれた。そして、自分もその鞄と同じ運命をたどるのだと覚悟したとき、現れた青年―――― ―――今までのは全て夢よ!夢!夢!夢なの! 目を開ければ、鞄も、あの少年も全て消えていればいい。そう思って、春奈は静かに目をあけた。 「………。」 「………何してんだ?」 目の前に写ったのは、紛れもなく、青年の顔のドアップ。 「まぁ、簡単に言やぁ、奴等は死神ってやつだな!」 「はぁ?」 目の前でガツガツと白飯を口の中にかきこむ青年―――よほど腹が減っていたのか、凄いスピードだ―――に 春奈は素っ頓狂な声で応えた。 「んで、おえはそもひひゃひもだま―――」 「あの、食べるか喋るかどっちかにしてもらえません?」 「わひぃわひぃ。―――んで、俺はその死神から人々を守る正義のヒーロー。」 ごっくんという音と共に飯を飲み込んだ青年が言った言葉。 ……んなもん、信じられるはずあるか。 春奈は混乱しきった頭で、正論を弾き出す。だが、信じるも信じないも、何しろ春奈は自分の目で“アレ”を見てしまっているのだ。その言葉を疑うなら、自分の目を疑うも同じ。 「じゃあ、信じますけど。それなら、私は何で死神に殺されそうになってるんですか?大体、あんなのが世間一般にいたら大問題ですよね?それに、貴方は何者なんですか?あんなのと対等に渡り合うなんて…っ!!」 「はぁい、春奈チャン。質問は一つづつ。じゃねぇと、答えられないから。」 ビシッと行儀悪くも箸を春奈へ向けて、青年はニヤッと笑う。その言動に、春奈はかぁっと頭に血がのぼるのを感じた。 「な、何よソレ!人を見下したような態度しちゃって!あたしはねぇ、今混乱してんのよ!」 「うわぉ。キレちゃ嫌だぜ?」 「うるさいわよっ!大体何なのよ。何であたしが―――」 「おおっと。愚痴なら幾らでも聞いてやるから。今はちぃっと黙っとけ?」 怒りを抑えきれない春奈の言葉を遮って青年はそう言うと、立ち上がった。大きなベランダへ続く窓へ、目を向ける。 つられて、目を向けた春奈の目に、信じられないものが飛び込んできた。 暗く、遠くて、はっきりとは見えないが、間違いない。 あのときの恐怖がありありと蘇り、背筋に寒気が走る。間違いない。 “死神”だ。 「ったく。人がせっかく飯くってるってのに、ご苦労なこった!」 「あ……あぁ、あれっ!!」 「心配しなさんな、春奈チャン。俺が片付けてきてやっから。」 青年がまた、笑った。 だが、今度のものは子供を安心させるような柔らかい笑み。そんな笑みを向けてから、青年は窓を開けると、ベランダへ出る。春奈はその後姿を見ていたが、ハッと我に返ったように声を荒げた。 「ちょ…!アンタ待ちなさいよっ!!」 「“アンタ”じゃないっての。俺にはちゃーんとした名前がある。」 「そ、そんな事知らないわよ!」 「じゃぁ、覚えて。」 青年が空に突き出した手から、光が溢れる。 光は徐々に形を成し、実態をかたどる。 「俺の名前は八雲(ヤクモ)。どっかに居る巫女さんを守る、正義の騎士ってところだな!!」 子供のような笑みを残して、何時の間にか現れた日本刀を握り締めて、八雲は何の躊躇いもなくベランダの手すりに手をかけると、柵を飛び越すようにしてそこから飛び降りた。 青年がマンションの三階から飛び降りてくる。 常人ではないほど、軽やかにその身体はコンクリートの地面に着地した。 「さぁて。いい加減にしつこいっての、死神さんよぉ。」 日本刀を地面に突き立てると、八雲は小さく小さく、何かを呟いた。 「――――魔空間、招来。」 途端、大きく風が吹いて、灰色の空間があたりを包んだ。 全てのものが、灰色と化し、八雲と死神以外が実体を持たなくなった。 ――――魔空間を、呼んだ。 それは一定の場所を、現空間から引き離し、異空間へと変えてしまうこと。 つまり今、八雲と死神がいる空間は春奈のいる空間とは全く異なった空間なのだ。 今、窓越しにこちらの様子を見ていた春奈が常人であれば、恐らく、八雲と死神が消えたように見えただろう。 「任務開始。」 異形のものが、八雲に迫ってくる。 ソレをみて、乾いた唇をペロリと舐めると、日本刀を握り締め、ゆるりと笑った。 彼の目的は“死神破壊”という名の“任務”を“遂行”すること。 地面を思いっきり蹴ると、勢いよく鞘から日本刀を抜き十メートル程先に浮遊している漆黒の物体に、斬りかかる。死神はそれを軽くかわすと、重力に従って落ちる八雲めがけて、音もなく大きな鎌を振りさげた。 八雲の頬を風が切る。刃先が触れていなくとも、風圧が彼の頬に赤い線を滲ませた。八雲は小さく舌打ちすると、空中で顔も向けずに風圧が向かってきた方へ刀を突き刺した。一瞬の確かな手ごたえの後に、刀が空を斬る。 「ちっ。流石に一発じゃ、殺らせてくれねぇか。」 左手にもったままの鞘を地面につきたてて、その反動で後ろに下がるようにして、死神から距離をとった八雲が言う。 だが、その顔には余裕の笑みが浮かんでいる。まだまだ、本領発揮には程遠い力しか出していないというわけだ。 八雲は日本刀を死神へと差し向けた。 「第一解放―――」 八雲の回りを、熱気が取り巻いた。鈍い銀に光っていたはずの、日本刀の刃が、赤々と燃え盛る炎のように色を変えていく。 「――――第一ノ解、紅蓮(グレン)」 刀が炎を巻き上げた。真紅の炎をまとった刀が、敵意をあらわにして、死神へと刃先を向ける。 「さぁて、終幕といこうか。」 八雲が大きく刀を振り上げた。 空間を埋め尽くすほどに大きな炎が、刃先から放たれた。炎が竜と化し、獲物を喰らい尽そうと大きな牙を突き出し、死神の元へ向かう。限られた空間で、強大な炎に迫られた死神に、逃げ道は無い。 「紅蓮の竜に喰い尽くされろ。」 竜の顎、異形のモノを捕らえた。 奇怪な叫び声と共に、死神の姿が跡形もなく消え去った。 「な、何なのよ、本当に…!!」 春奈はベランダから目撃した光景に対し、そう言って呆然とすることしか出来なかった。 ―――春奈には“見えて”いたのだ。あの、恐ろしい異形の者と八雲が、灰色になった駐車場で戦っているのを。 常人では見ることの出来ないはずの“魔空間”を彼女は見ていた。だが、そんな事に彼女が気づくはずも無い。 春奈は一瞬にして、色のある世界に戻ったように見えた駐車場へと慌てて部屋を飛び出し、階段を駆け下りた。 「だ、大丈夫なの…っ!?」 数十メートル先に八雲の姿が見える。 八雲は春奈の姿を見つけると、ニッと笑って手の代わりとばかりに日本刀を振った。 「だーいじょうぶ、だーいじょうぶ。心配すんなって言ったろ?」 「で、でも!!何か、アンタから中心に回りが灰色になって―――」 「ちょ、ちょ、ちょっと待て!!お前、まさか今のが――ッ!!?」 八雲が驚いて聞き返したその時。春奈と八雲の背筋に、同時に強い寒気が走った。 八雲は気づいた。それが何に対するものなのかを。 だが、春奈の発言もあってか、頭の中が混乱していた八雲がそれに気づくにはあまりに遅すぎた。 この世のものでない、焼け爛れた手のようなもの残骸が、春奈の手を、しっかりと掴んでいた。 ――――巫女ダ、暁ノ…巫女ダ。 頭の中に響いてくる。 それが死神のモノだと分かるのに、そんなに長く時間はかからなかった。喉が凍りついたように痛む。声が、出ない。息が、できない。 ――――我々ノ巫女。巫女ガ、居レバ、我々ハ…蘇ル!! 「消えろ。この死にぞこないが。」 死神の腕が粉々に砕け散る。 何かが途切れたように、春奈は息苦しさから解放された。それと同時に耐え切れなくなって、その場に倒れこんだ。 眩暈がする。目の前が霞む。 「巫女――――!!」 その八雲の言葉を最後に、春奈の意識は途切れた。 目の前に白い天井が広がる。 春奈は、ソレが自分のマンションの天井であることに気づいた。 ―――何で、あたしはここにいるんだろう。 さっきまであった事を思い出そうとしてみる。 自分が死神と戦い終わった八雲に駆け寄ったところまでは覚えている。だが、その後何が起こった?思い出せない。何かがあったはずなのに。 春奈の記憶はそこでぷっつりと途絶えていた。 「そうだっ!!八雲は――!!」 「俺ならココにいますよーい。」 数秒の、間。 ガバッとベットから起き上がった春奈の隣には、金髪の青年がにっこりと笑っている。 「何でアンタがあたしの寝室にいるわけっ!!?」 「……春奈チャンが呼んだんっしょ。」 「いや、それはそうだけど……って違うっ!」 「なーんて、冗談。倒れたのをそのまましとくわけにもいかないし、運んできたってのがホント。」 「―――あたしが、倒れた?」 ――――あぁ、倒れたんだ、あたし。 そう思って頭に手をやる。すこし、頭の奥がズキズキするような気がした。 「もしかして、何も憶えてないの?」 「…うん。全く。」 「…………マジで?」 「マジで。」 あれだけショックな事があれば、記憶だって飛ぶものよ、と妙に割り切った考えを浮かべながら、春奈は答えた。 それに、思い出そうとする度に、頭の奥がズキズキと唸る。頭を働かせない方がいいと判断した春奈は、そのまま後ろに倒れた。 「あの事は、本当に感謝してる。でも、もう出て行きなよ。」 「なに?まーた、あの変なのに襲われたいわけ?」 「そうじゃなくて、一緒にいると、またアンタはアイツと戦わなきゃいけなくなるじゃない。あの死神はあたしを狙ってるんでしょ?」 “見ず知らずの人にそこまでしてもらう筋合いないよ” そう言って、ゆっくりと目を閉じる。自力でなんとかできる自信なんてないけれど、 自分の所為で、この人が傷つくのをみるのは嫌だと、心の奥底で何かが必死にさけんでいた。 「別にいいって。俺はその為にいるんだ」 「でも、それは何処かにいる巫女さんの為なんでしょ…?わたしは、大丈夫。」 強い睡魔が、春奈を襲う。 何だか、自分の言っている事が何処か可笑しいように感じるのだがその原因が分からない。頭が、上手く働かない。 何故、私はこんなにも自信をもって、そう言い切れるの? 「だから、大丈夫。今までも、だいじょうぶだったんだから―――」 あれ?なにを、言ってるの?わけ、わからない。何で今まで大丈夫だったの? それ以前に、“今まで”ってなに?私は、初めてコイツに会って、あの変なのに会って、それで――― 色々な記憶が頭の中を飛び交う。知らないビジョンが頭の奥で目まぐるしく展開されては消える。 「また眠るの?春奈チャン。」 また眠る?どういうこと? ―――そういえば、何でコイツは私の名前を知っているんだろう。自己紹介してないのに。 目まぐるしいビジョン。頭のなかに流れているおかしくなりそうな映像の波のなかに、春奈は金色の髪の少年をみつけた。日本刀を持った、金髪の少年。 「―――八雲、せ…つな?」 口から自然と零れたその言葉。 その言葉に対する、八雲の切なげな笑みを記憶に残して、春奈の意識は暗闇へと落ちていった。 あるところに巫女がおりました。 彼女は強い力を持ち、暁の巫女と呼ばれていました。 その力は、生まれ変わりに代々受け継がれ、それと共に、その記憶も生まれ変わるたびに受け継がれました。 ですが、彼女の力は強大すぎて、その力を悪用しようと死神と呼ばれる、私達の知る“死神”と、似て全く異なるもの達が、彼女をつけ狙いました。逃げ回り、戦う日々が続きます。 一人の聖刀の使い手 『刹那』と名乗る青年を従えて彼女は戦いの日々を続けました。 ですが、ある時彼女は言いました。 「もう、戦い続けるのは辛いのです」 と。 私は平穏な日々が欲しい。この力も、この記憶も、全て封じ込めてしまいたい と。 ですが、きっと力を封印したとしても“死神”は彼女を狙うでしょう。それほどに、彼女の力は強大なのです。そうなれば、記憶を封じた彼女は、いとも簡単に食い殺されてしまうのでしょう。力も出せず、太刀打ちできず、困惑のなかに死をみるでしょう。 聖刀の使い手は言いました。 「貴方のご自由になさって下さい。それでも、俺は貴方を守り続けます」 と。 彼女は躊躇いました。彼の言葉は、つまり記憶も力も封じ込めた無力で無知な自分を、未来永劫、守り続けるというのです。 「そんな事をしては、お前の戦いの日々は一生終わらない。お前の好きなように暮らせ。」 と。聖刀の使い手は、その言葉にゆっくりと頷きました。 そして、彼女は自ら記憶と力を封じる術をかけました。 もし、何か思い出しそうになっても、再度その記憶を消すという保険まで厳重に。 彼女の心残りは、最後まで従い付いてきてくれて刹那の存在でした。記憶が消える最後、暁の巫女はいいました。 「お前の好きなように生きて、刹那。」 彼はしっかりと頷きました。 「あーあ。眠っちゃった。」 “このままいたりしたら、不法侵入で訴えられんだろうな、俺” そう呟いて、愛しそうに春奈の髪を撫でながら、八雲は嘲笑(わら)った。 「でも、憶えていて下さったんですね、俺の名前。」 届かない想い。抹消される記憶。平穏な日常を望んだ巫女。 「また、記憶消しちゃってるんだろうなぁ。」 別にそれが彼女の望んだことなら仕方ない。自分は、ただ、彼女を守り続けるだけ。 生まれ変わり、受け継がれる記憶と力。これは、自分が望んだこと。彼女の言葉は守った。これは、自分の好きなように生きている結果。 明日からまた、巫女を守る生活が始まる。素性を隠して、巫女を守る日々が。 「この四世代くらいは、死神の奴らも気付いてなかったんですが、今世代は気付かれてしまいました。すみません。」 彼女がそれに気づかなくとも。 彼女が、世代を違えて会うたびに自分のことを忘れていたとしても。 それでも、彼は聖なる刀の使い手として、巫女を守り続ける。 もう一度、本当の名を呼んでほしいなんて淡い期待は抱かないけれど――― 「貴方が忘れても、俺はずっと貴方をお守りします―――暁の巫女。」 ―――もし、望めるなら、いま少しだけ貴方と同じ時を。 ―――――――――――――――――――――――――― 2000HITということで、月影に捧げます! とかいいながら、本当に遅れてしまってすみません…!!(滝汗) よろしかったら、拾ってやってくださいませ…(礼) |