ある世界に破壊を司る神がいました。 それは魔術師たちが、こぞって拝もうとするような凄い神の一人でした。 しかし、彼は大きな過ちを犯しました。 神である彼は人間の娘を愛してしまったのです。 そして、娘もまた、彼を愛しました。 神と人間…。それは決して相容れぬ存在。 だからといえど、愛する事を禁じられていたわけではありません。 しかし、娘は近づきすぎてしまったのです。神の領域に。 そして、神もその娘を領域に近づけることを許してしまいました。 神の領域は、神と真実の愛情を神に持つものだけが入る事を許される聖域―― 真実の愛情をもち近づいた者は、神々の一人として招きいれられ その愛情を持たずに近づいた者は、その神の意思に関わらず力によって滅ぼされる。 破壊の神に近づきすぎた代償は『未来の破壊』 ――人間にとっての永遠の眠りをさすものでした。 娘は倒れ、永遠の眠りにつきました。 神は嘆きました。そして、娘の一族も彼女の眠りを嘆き、神を恐れました。 そして、娘の一族は眠り続ける娘を神から引き離して、一つの柩に入れたのです。 美しいクリスタルガラスの柩に―――  『Crystal cage』 薄暗く、ひんやりとした部屋の中心。 その部屋の四方にある蝋燭の微かな光をうけて、その柩はキラキラと輝いていた。 「永劫の十字架に宿る破壊神の主、クレア・セイフィアード」 その柩に黒髪と灰色の澄んだ瞳を持つ男は、まるで儚いガラス細工を扱うかのようにそっと触れる。 そして、その柩の中に眠るのは長い銀髪で聡明な顔立ちの娘。 眠っているようなその姿は毅然としていて、何か強い思いを秘めているようにも見えた。 穢れの無い純白のドレスが良く似合う白い指は祈るように胸の前で絡められている。 そして、その白い指が護るように掴むのは、全てに置いて白を貴重とされた彼女にはそぐわない 小さいながらも神々しく光る―――真っ黒な黒曜石の十字架。 男はその十字架を見つめて、口の端に小さく嘲笑を浮かべた。 「何で神は君を選び、そして君もまた、神を望んでしまったのだろうね」 柩越しに話しかけても、その中で眠る彼女は応えるはずもない。 しかし、男もまた応えてくれる事は望んでいるが、期待をしているわけではなかった。 切ない沈黙が続くなかで、娘の指の間から覗く「永劫の十字架」だけが まるで、その問いに答えるかのように小さくキラリと光った。 神が宿るとされる七つの神器――― その一つである「永劫の十字架」には破壊神ディオレインが宿ると言われていた。 そして七つの神器には昔から、ある誓約のようなものがあった。 神器に宿る人の姿をした神々は、稀に気に入った者の前に現れて主に選ぶ。 その主に選ばれた者はそれぞれの神力を手にする事ができる…と。 だから魔術師達はそれを求めた。 炎の一族は炎の神器を、地の一族は地の神器を――― その中でも、闇の一族は抜かりなかった。 闇の一族は、一族の中で最も魔力の強い者を育てた。神の器として… その器として選ばれた者は魔力と神への愛情を植え付けられて育てられたのだ。 「神は、君が闇の一族のなかで作られた器であると知っていた」 “それでも、神は君を愛した” 男はそう呟いてヒンヤリとするクリスタルガラスの柩を撫でた。 「そして、君は自分の持つ神への愛情を本物だと思っていた」 柩の中で娘が言葉を返すでなくとも、柩の中の娘が息を吹き返すわけでなくとも 「愚かな神は、その状態で神の領域を君を招く事がどれだけ危険か知っていたのにね」 男は柩の中の娘に語りかける。まるで、それは懺悔のように…… 「……とんだ茶番だよな」 届くはずのない言葉を男は唱え続けた。 ギィ… 古びた扉がきしむ音… いや、この場合は古びた扉がひらく音という方が適切かもしれない。 途端に光が入り込み、薄暗い部屋が姿を明確に現す。 それとともにふわっとした冷たく少しばかり血生臭い風が男の髪をさらった。 「外の有様はお前の仕業か、ディオン」 扉に人影がうつる。男をディオンと呼んだ者の影だ。 凛とした声と共にそこに現れたのは薄いプラチナブロンドに美しいシーグリーンの瞳―― しかし、その足元には赤黒い血が微かに飛び散っていた。まるで、死体の海を歩いてきたかのように…。 「あぁ、ソレも結界も俺の仕業だよロディアス。で、わざわざこの俺に何の用かな?」 男は現れた男をロディアスと呼び、その言葉に対して、慣れた笑みを浮かべて聞き返す。 その瞳には驚きもなく、むしろこうなる事が予測できていたかのようだった。 すると、ロディアスと呼ばれた男はそっと扉をしめて男に一歩近づいた。 また、部屋に沢山の暗闇が戻った。 「……やはり、この結果になったのかと思ってな」 冷たい光を放っていたロディアスの瞳が微かに揺れる。 「だから言っただろう?偽りの愛を持って神の領域を犯すのは危険だと」 「確かにね。君の忠告を聞くべきだったんだ。彼女も、愚かなディオレインも…」 男の顔に後悔ともなんともとれないような切ない笑みが浮かんだ。 まるで、深い傷を抉られたような表情。そんな男を見て、ロディアスは小さく息をついた。 「……これからどうするつもりだ?」 「そうだね。彼女の元へ行こうとする俺を拒む者は全て殺してしまった」 「………」 「彼女とここで一生を共にしてみるのもいいかもしれない」 「……いい加減にしろ。俺はそんな言葉を聞く為にわざわざ来たのではない」 「悪かったよ、ロディアス。冗談さ」 顔を不機嫌そうに顰めるロディアスに対し、男は軽く肩をすくめた。 そして、ゆっくりと隣の柩へと視線を移す。 「何故、彼女がディオレインの器として育てられたんだろうね…」 「それならば何故、ディオレインは彼女を選んだんだろうな」 「……それが、運命だったから、かい?」 男は苦笑いを浮かべてロディアスに尋ねる。 しかし、ロディアスはゆっくりと目を伏せるだけだった。 「結局、破壊神は一人で舞い上がっていただけなんだね。彼女の愛が作り物だと知ってても」 「………」 「神は自惚れていたんだよ。作られた愛でも彼女なら大丈夫…ってね」 「………」 「そんな神の所為で彼女は眠りについた。俺は神を憎んでるよ」 まるで、他の誰かに語りかけるように男は続ける。 シーグリーンの瞳で真っ直ぐと男を見つめながらロディアスは黙ってその言葉を聞いた。 何も答えはしない。しかし、男はロディアスが何も答えなくとも良いようだった。 まるで意思自体は言わずともお互いに通じているとでもいうようで… ロディアスはしばしの沈黙の後にゆっくりと口をひらいた。 「お前は、殺戮の道をゆくのか?」 その言葉はまるで刹那の希望を語りかけるように。 肯定を唱えてほしくはないが、男が肯定を唱えるという事を既に知っている。 それでも、僅かな希望に男が否定の言葉を唱えることを祈るかのようでもあった。 ロディアスの言葉に、男は曖昧な笑いを浮かべる。 「そうなるかな?それが、彼女の望んだ事なのだからね」 そして、男の口からでたものは否定ではなく肯定の言葉。 「何故、その者が殺戮を望むというのだ?」 「そんなの当たり前じゃないか」 ロディアスの低い声で放つ言葉に、男はふわりと柔らかい笑みを浮かべる。 「彼女が求めたディオレイドは破壊の神だ。彼を望むのなら、破壊を望むも同じ――」 柩に手をついて、ゆっくりとロディアスに近づく。 カツリカツリと大理石の床をあるく音が、妙に物悲しく部屋に響いた。 「その道を選ぶのか…」 「あぁ。それが彼女の望みであるなら…。その為に、俺は全てとの別れを受け入れようと思う」 目の前に輝くシーグリーンの瞳を見つめる灰色の瞳には、何者にも変えられない強い意思が浮かんでいた。 「それが、愚かな神の彼女にとっての最後の優しさであるのなら」 その言葉を聞いて、もう一度小さくシーグリーンの瞳は揺れる。 言いたい事はあるが、いう事は出来ないとでも言うようにロディアスがギュッと唇を強く結んだ。 「君は優しすぎるよ。こんな俺なんか、見捨てれば良かったのにさ?」 そんなロディアスを見て、男はクスリと苦笑いともとれるような笑いを浮かべる。 「……長い仲だ。そんな奴を見捨てる程に、俺は冷たい奴ではない」 冷たくとも優しさの含まれたロディアスの言葉に、男はふっと表情を緩めた。 そして、片手を挙げると小さく何かの呪文を唱える。 何か、この辺り全体を覆っていたものがピンッと切れるかのように取り払われた気がした。 「……お前」 「これで此処に張り巡らされた結界は外れた。神である君の力も使えるはずだよ」 “これで来る時のように君の足を煩わさなくてもいいよ” にっこりと微笑むと、男はロディアスに背を向けて柩の方へと足を進めた。 そっと柩に触れて、娘の顔を覗き込む。その毅然とした姿を心のなかにしっかりと納めるように。 そして彼は彼女にそっと別れの言葉と謝罪の言葉を呟いた。 さようなら、と すまない、と――― ロディアスはうっすらと目を細めて、その様子を見守っている。 その瞳は冷たい光を放ちながらも、ひと時の優しさが隠れているようだった。 「さぁ。君にも別れを言わなければいけないみたいだ」 ゆっくりとロディアスの方へ振りかえった男は、切ない微笑みを浮かべた。 「また、俺が俺として会える事を祈っているよ。憂いの首飾りに宿る風を司る神、ロディアスよ」 誓いを立てる言葉のように男は言った。 それは、ある種の親しみを込め。それは、ある種の悲しみを込めた言葉。 その言葉にロディアスは少しだけ表情を緩ませた。ゆっくりと目を伏せると自らも口を開く。 「あぁ、その時までにお前がお前であることを―――永劫の十字架に宿る破壊を司る神、ディオレイン」 破壊神ディオレイン。 ロディアスは黒髪と灰色の目を持つ男をそう呼んだ。 「もう。ディオンという愛称では呼んでくれないのかい?」 からかうかのようにディオレインがそう言えば、ロディアスは口の端に小さな笑いを浮かべた。 「お前をそう呼ぶものは居ない。―――それで、お前も区切りがつくのだろう?」 「あぁ。彼女も君も…全てを捨てて行かなければならないからね」 「お前はそれを選ぶというのだ。それがどれだけ狂った選択なのだとしても……ならば俺は止めはしない」 「狂った選択―――…か」 ディオレインがふっと嘲笑を浮かべる。 「俺は狂っているのかもしれないな」 そして、柩からゆっくりと離れると、ロディアスへと歩みを進めた。 「彼女を失った失望に、苦しみに……全てを放棄したがっているのかもしれない」 プラチナブロンドが揺れ、シーグリーンの瞳が揺れる。 ディオレイドはゆっくりと淡々に歩みを進めた。 「でもね、ロディアス―――」 ロディアスの隣をふわりと黒い風が通り抜ける。 「俺はそれしか出来る事がないんだ。俺を望んだ、彼女に出来る事が」 黒い風は扉に手をかける。 そして、勢い良く開け放てば、部屋に光が差し、死の香りが漂った。 その先にあるものは幾つもの人だった肉片と血溜まりの数々…――― 「それに、既に歯車は回ってしまったのさ。後戻りはできない」 「………そうか」 後ろのディオレインの言葉に、ロディアスが納得したように呟く。 それと共に小さな旋風が、ディオレインの周りを舞った。 「さらばだ、同胞よ。お前が何も後悔せずにいられる事を―――」 「洗礼をありがとう、同胞よ。君に破壊神からの幸運があらん事を―――」 最後にその言葉を残し、ディオレインは進んだ。 血塗られた殺戮の道を――― 破壊神が元々進みゆくべき道を――― 彼の愛した彼女が最も望んだと思われる道を――― 「お前は今に何を思うのだ、破壊神の主よ……」 ディオレインが姿を消した後に ポツリと一人取り残されたロディアスは、柩に眠る娘に尋ねた。 「アイツはお前が望んだと思った道を進んだ。血塗られた殺戮の道をな―――」 柩の中に眠る娘は微動だにしない。 光の差した部屋の中で、その柩は光を反射して更に神々しく輝いていた。 ロディアスは冷たい瞳を娘に向けたままに続ける。 「お前が破壊神に偽りの愛情を持っていたのだとしたら、何故お前はそんなに美しいのだろうな」 まるで眠るように横たわる柩の中の娘。傷ひとつないその白い肌。 そして、美しいその手は永劫の十字架を強く握り締めている。 表情も何かの強い意志を秘めたように毅然としたままで――― 「破壊の神に近づきすぎた代償は「未来の破壊」などではすまない」 破壊の神に近づきすぎた娘は美しかった。 「アイツの神としての力は強大だ。あの力に近づきすぎれば全てを壊される」 代償を受けたといえど、その姿は美しかった。 「永遠の眠りだけですまされるものか。その存在はこの世から抹消されるのだ」 姿も、記憶も、魂さえも――― そのはずなのに娘は生きる者の記憶に残り、姿を保ったままに眠り続ける。 「それなのに、何故お前はそんなに美しいのだろうな―――」 神の領域に近づき無事であるために必要なのは真実の愛情。 偽りの愛情を持ち、神の領域に入った娘はその報いを受けた。 それでも、彼女は美しかった。美しい姿のままに眠り続けるのだ。 それが、何を意味する事なのか――― 風を司る神はその意味を理解すると、柔和で何処か切なげな笑みを浮かべた。 「アイツはお前が持つものは全て作られた愛情だと思っていたようだが……」 風が、ロディアスをとりまいた。 彼のプラチナブロンドの髪が優雅になびき、シーグーリンの瞳が真っ直ぐに柩を見据えた。 「俺は、そうは思わない。少なくとも、お前がその姿で人々の記憶に刻み込まれている間は―――」 柩の中の微動だにしない娘。 その娘にロディアスはそう言葉を投げかける。 柩の中の微動だにしない娘。 しかし、その強く閉じられた目元には一滴の雫がにじみ、溜まり、頬を伝った。 ロディアスにはそう見えた。例え、それが幻想だったとしても彼はそれを見て満足そうに微笑んだ。 そして、次の瞬間に大きく冷たい風がロディアスを包んだ。 「すれ違う二人の先に、どうか風の加護があらんことを――――」 その言葉を残し、ロディアスは掻き消えるようにして姿を消した。 ---------------------------- じゅう。様へのお誕生日プレゼント。 「ダークですれ違い」の意識して書いたのですがあえなく… お誕生日、おめでとうございます!よろしければもらってやってください。