味噌汁はいかが? ここ、海王星基地の気候は機械によって制御されている。しかし常に快適な温度というわけではなく、多少なりとも寒暖の差があるように設定されている。最初はほぼ同じ温度に設定されていたのだが、何故か体調不良の訴えが多かったのでこのような設定になったのだ。人間の身体とは不便なものである。 ともあれ、ここ最近はいわゆる『冬』という季節のように寒い日が続いていた。そして海王星全体が地球に近い人工大気に覆われているため、当然のように風というものが存在する。そのため一歩建物の外に出ると人工的に作り出された大気の動きによる風が容赦なく熱を奪う。 何が言いたいのかというと。 つまるところ、寒いのである。 現在、カイはかなりの注目を浴びていた。 唯一の女性戦闘機パイロットにして歴代狙撃三位の成績を保持し、なおかつ女性でありながら少佐の地位まで登りつめたという経歴のため通常でも注目を浴びる存在であるのだが、今日の注目はそういうものではない。 では何故注目されているのか。 性格は下手な男より男らしく、凛々しい顔立ち。艶やかな黒髪は腰まで届き、まるで絹のよう。そしてその力強い眼差しはまっすぐに前を見据えている、のだが。 いかんせんその格好が悪かったようだ。 午後はフリーだったためラフな普段着。の上に白いエプロン。 手荷物は何故か鍋とおたま。 一回カイを凝視してからもう一度見直す者、唖然としてそのまま見送る者、何故か壁に頭を打ちつける者。 反応は様々であるが、かなりの注目に変わりない。 (面倒だからって鍋とおたまはいただけねぇか・・・) 自分のものぐさに後悔しつつ、カイは早足でシラギクの私室に向かっていた。 鍋の中身は以前クロスに頼まれた味噌汁なのだが、いざ彼に届けようと連絡を取ると、どうやらシラギクの私室にいるらしい。何故かは知らないが、 『お前も早く来ーい。あったけぇぞ、コレ。』 『コレ?』 『や、いいから来い。口じゃあ説明できん。』 『・・・・・・?』 疑問に思いつつも、シラギクの部屋に向かっている途中なのだ。どうでもいいのだがシラギクは何をしているのだろうか。 ふと足を止める。ここらへんは宇宙機密捜査官用のちょっと豪華な私室が並んでいる。その中の一室がシラギクの部屋だ。ちなみにクロスの部屋は廊下を挟んだ向こう側にある。 とりあえず、呼び鈴を鳴らした。 リンゴーン 何故か訓練学校を思い出させる音に遅れること数秒、シラギクの声が聞こえた。 『はい?』 「俺だ。カイだ。クロスがこっちにいるって・・・」 『ちょっと待ってろ。』 しばし声が途切れて、ドアが音もなく開いた。そのまま入ろうとすると、シラギクの間延びした声が聞こえてくる。 「あ、靴脱いでなー。」 「は?」 「俺のお国の文化。玄関先では靴を脱ぐ。」 そういえば彼は純日本人だった。引っかかるものもあるが、とりあえず靴を脱いで奥に向かう。 そして。 ジャスト三歩で足を止めた。 目の前には背の低い机にあごを乗せ、机の上板と脚の部分に挟まっている布団にもぐりこんでいるクロスとシラギクの姿があった。しかも床に直接座っている。靴を脱げといわれたのはこれのせいだろうか。しかしはっきり言って、カイから見れば異様な光景であった。 しばし呆然とした後、おたまを持っている方の手で頭を抱えて言った。 「・・・何、やってるんだ。」 「「暖まってる。」」 異口同音に答えられ、カイは眉間にしわを寄せる。暖まる?わけがわからない。 とにかく手に持った鍋を置こうとさらに奥にあるキッチンに向かった。海王星基地の私室はほとんど同じ間取りだと聞いていたが、女部屋とはちょうど真逆の間取りになっているようだ。新たな発見に少々驚きながらも鍋をコンロに置く。 「オン」 コンロに短く命令してから鍋のフタを開け、持っていたおたまで味噌汁をかき混ぜる。ここに来るまでに少し冷めてしまったので、少し暖めないといけない。 「おい。」 よくわからない装置で暖を取っている二人に声をかける。 「あーん?」 「シラギクも食うか?」 「あ、食う食う。」 やる気のない応答に呆れながら、食器棚に目を向けると珍しい漆の器があったのでそれを手に取る。今どき土産品でない漆器を使う者がいるとは思いもしなかった。カイの家にもあるにはあるが、このような高級品ではなくあからさまに土産品とわかるシロモノなのだ。 三人分の器をこれまた漆のお盆に乗せて、例の机に運ぶ。目の前に湯気を立てる味噌汁が置かれて初めて二人は顔を上げた。 「おぉ。結構まとも。」 「料理が上手いのは知ってたけど、和食もレパートリーに入ってんのか。」 二人の感心をよそに、カイはついクロスとシラギクの服を凝視してしまった。来た時は気付かなかったのだが、服装も変だった。 淡い赤色の上着を着ているのだが、綿でも詰めてあるのかやけにもこもこしているのだ。はじめて見る服につい本音がこぼれた。 「・・・不恰好・・・」 「あいたっ!痛ぇよその突っ込み!」 大げさにショックを受けるクロス。でもやっぱりそのもこもこ上着から目が離れない。一人落ち着いているシラギクが言った。 「ま、とりあえず入れや。布団に足突っ込んで適当に座りゃあいい。」 「はぁ・・・」 彼の言うとおりに恐る恐る布団に足を入れる。床に直接座るのには抵抗があったが、一度座ってしまえばどうということはなかった。 そして何より。 「暖かい・・・」 「だろー?」 足の先からじんわりと暖気がしみこんでくるようで、二人がくつろいでいる気持ちもよくわかった。仕事中は集中しているからわからないが、知らずのうちに足が冷えていることも多々あるのだ。 「ところで、これは一体何なんだ?いや暖かいのは否定しねぇけど、こんなの見たことねぇぞ。」 「あぁ、こりゃあうちの実家から送られたやつで“こたつ”っつーんだ。日本の誇るべき暖房器具。できれば火鉢も欲しいんだが、炭に火をつけるのが無理だからあきらめた。」 どうやらコレは日本特有の暖房器具らしい。しかし暖かいのはいいのだが、見た目異様なのが玉にキズだろうか。 そしてクロスがあのもこもこ上着をつまんで、 「これが“どてら”つってな、日本の上着。暖かいぜ?」 「不恰好なのが玉にキズ。」 自覚はあるのか。やけにもこもこの二人を交互に見てから、カイは味噌汁の存在を思い出した。 「あぁ!早く食わねぇと冷めちまう!自信作なんだからさっさと食ってくれ!」 二人もさっぱり忘れていたらしく、あわてて食べようと・・・ 「・・・・・・おい。」 「あん?」 何事もないようにスプーンを手に持つカイにシラギクはジト目をむける。クロスもスプーンを持ってはいるが、食べようとはしなかった。 「んだよ。」 「シラギクっ、箸持ってこい箸っ。」 「あいよっ」 カイの手から強引にスプーンをもぎ取り、三本のスプーンを手にシラギクはキッチンへ走る。やがて帰ってきた彼の手には何故か色違いの細長い棒が六本あった。 「ほい。」 「いや・・・ほいって・・・・」 そのうちの二本を渡され、カイはその棒を見つめる。どこからどう見てもただの棒だ。先の方が多少細くなっているが、一体これは何だろうか。 「「いただきます。」」 律儀に手を合わせてから、男二人はその棒を巧みに操って味噌汁を食べ始める。 「あ。」 ふと昔聞いたことを思い出した。そういえば日本には“箸”という独特の物があると聞いたことがある。これがそれなのか。 いやでもさ。 「どーやって食えってんだよ・・・」 「頑張れ。」 「ファイト。これうまいわ。」 無責任な言葉に混ざった褒め言葉に喜ぶこともなく、カイは恐る恐る豆腐に箸を一本突き刺した。箸を豆腐ごとぎこちなく口に運び、それを繰り返す。 そんなカイを見かねたのか、クロスが突然声を上げた。 「だー!そうじゃねぇって!ほれ、こうやって二本同時に持って!つかんで食う!」 できねぇよ。 冷静に突っ込みながらもとりあえず挑戦してみる。 まず二本を片手で持つのに苦労した。最終的にクロスが手を貸してくれたので、できるにはできたが一人でやろうとは思わない。 そしてその二本でまずはワカメをつかんでみる。数回失敗した後、元来器用なカイはワカメをつかむことに成功した。それを口に運んで。またつかんで。運んで。 「・・・豆腐食えよ。」 「いや・・・」 シラギクの冷たい突っ込みにカイは冷や汗を流す。どうもこの豆腐はやわらかすぎて、つかんだ瞬間に潰れそうなのだ。ちらりとクロスを見ると、アメリカ生まれとは思えないほどに楽々と豆腐を食べていた。 ぜ・・・絶対無理・・・ 頑固一徹、一度はじめたら最後までやりとおすあのカイが珍しくあきらめた。やけに強張っている右手から箸を離し、しばし食事を中断する。無理。俺に箸は無理。 「あー・・・無理そうだったら豆腐は箸を突き刺して食えば?」 「そうじゃねぇ・・・疲れた・・・」 何事もないように箸を使う二人が信じられない。シラギクの言葉も頭をすり抜けて、カイは肩を落とした。 疲れた。妙に疲れた。 いまだに強張る右手をプラプラと振る。もう二度と箸は使うまい。 箸をあきらめて、カイは本来の目的である味噌汁の具合を尋ねた。 「で、味はどうだ?」 「うん、いいんじゃねぇ?お袋とは違う味だけど、これはこれでうまいよ。“料理人の数だけ味がある”って言うし。」 既に汁まで飲み干したシラギクが言う。『ごちそうさま』と手を合わせるあたりがやはり日本人らしい。 しかし。 味噌汁作りを頼んだ張本人、クロスは無言で自分のお椀を置くと。 「・・・っだー!」 カイの目の前にあった食べかけの味噌汁を自分の方に引き寄せ、黙々と食べ始める。さすがにこれにはカイも怒った。 「てめぇ!何してんだ!人様の食事を奪い取るんじゃねぇよ!」 「・・・・・・・・・・。」 「無視かコルァ!」 てめっ、よこせこの野郎!ていうか返せ! カイの罵倒にも無言で食べ続けるクロス。自分の味噌汁を奪い返そうとするカイの手をうまく避けているのを見て、長年親友であったシラギクはなんとなく彼の心境がわかった気がした。 けどなぁ・・・ 変なところで遠回しな親友に向けて、シラギクは胸中で呟く。 それって、本人には通じねぇぞ。 クロスの心、カイ知らず。日本の諺に友人二人の名前をあてはめて、意外と合致したことにシラギクは笑みを浮かべる。それを目ざとく見つけたカイが怒りの矛先を変えた。 「シラギク!お前も笑ってないでこの馬鹿をどうにかしろっ・・・あー!てめぇ汁まで残さず飲みやがったな!?おい!キレイさっぱり残さず食うのはいいが、他人のまでキレイにたいらげるのはやめろー!」 「ごっそーさん。うまかったぞ。」 「あの食べっぷりを見りゃわかるわぃ!俺の分を返せーー!!」 どうやらもう味噌汁は残っていないようだ。まだ口に残る味噌汁の余韻に浸りながら、シラギクは二人の争いを悠々と見つめていた。 教訓 食われる前に食え ---------------------------------------------------- 月影からいただいてしまいました、お味噌汁話続編v うへへ、あれですね。もう幸せすぎて溶けますね!!(うへへ) カイ嬢とクロス君のやりとりがやっぱりツボです、もう大好き!! いや、二人のやりとりをのほほんと眺めているシラギクさんももちろんですが。(笑) 月影!相変わらず素敵な小説ありがとうございましたv凄く嬉しかったですv |