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「いちかけにぃかけさんかけて、」 夜のお社に、ほそくちいさく、すきとおった数え唄がひびく。 「しかけごぉかけ、ろくのかげ」 その声に誘われるように、まっくらに境内を縁取る木々の陰から、ちいさな影がぴょこんと顔を出した。 銀色に輝く境内へ踏み出しながら、影はきょろきょろと首を巡らす。 その姿は、短い黒髪に黒い瞳を持つ少女だった。丈の短い白い着物を腰で締めて、つやつやと光る玉砂利をはだしで踏んでいる。 「おかしいな、このへんだと思ったのに」 つぶやいて、境内の真ん中で足をとめる。数え歌はとぉ、まで数え上げてやんでしまっていた。 ほう、と息をつくように夜気を呼吸して、空を見上げる。今日は十五日目だから、みごとな満月が、夜を飾るようにかかっている。 「…あ」 満月に縁取られたお社の屋根の上に、月明かりを切りとったように、ちいさな人影があった。 「こんばんは!」 屋上の影に気付かれないように、大急ぎでお社の屋根によじ登った少女は、目をきらきら輝かせて勢いよく顔を出した。 「!」 声もなく振り返ったのは、少女と同じくらいの女の子。 年の頃も背格好も同じくらい。けれどやわらかい月色の髪も、月明かりにふんわり光る薄黄色の着物も、少女には初めて見るものだった。 「ねえ、あなたどこの子? お名前なんていうの?」 びっくりした顔で固まってしまった女の子につめ寄るように、屋根の上に体をひきあげる。相手がなにをしているのか、とか、どんな素性なのか、とか、そんなことおかまいなしの勢いだ。 月色の髪の女の子は、びっくりしたように目を見開いて、ぱちぱちと大きく瞬きした。少女は女の子の横にちょこんと座り込んで、顔をのぞきこむようにちいさく首をかしげた。 「ね、お名前おしえて? わたしね、おともだちさがしてたの」 「……、き」 「ん?」 「…………きよ」 女の子は消え入りそうな声でそう言って、まっかになって俯いてしまった。それと対照的に、黒髪の少女はぱっと顔を輝かせる。 「きよちゃんね? じゃあね、あたしは“みよ”!」 「え」 「きよちゃんにみよちゃん。――おそろいでしょ?」 顔を上げた「きよ」に、満面の笑顔をむける。と、おずおずと、けれどはっきりと、女の子の顔に笑みが浮かんだ。 「…うん!」 そうして一緒にきゃらきゃら笑って、二人はなかよしになった。 * * * いちかけにぃかけさんかけて―― 夜の神社に今日も数え唄が響く。 あの夜以来、ふたりは秘密のともだちになった。 毎晩神社で出会って、お社の屋根に腰掛けて過ごすのだ。 きよが数え唄を歌って、その隣でみよが足をぶらぶらさせながらきよの糸巻きを見守る。そんななんてことない時間。けれど、ふたりいっしょだとうきうきした。 きよの糸巻きは不思議だった。 巻き取る糸なんてどこにも見えないのに、てのひらをくるんと回転させるだけで、すっとひっぱられるように、そこに糸が現れるのだ。くるんくるんとてのひらをまわす度に、糸巻きは確実に太くなってゆく。糸は月の光をあびてきらきらと光るって、まるでお月さまの光を巻き取っているみたい、とみよは思う。 そう言ったら、きよは照れたような困ったような笑顔でうふふ、と微笑った。 そうしてできた糸巻きを大事に懐にしまいこんで、決まって月が傾くころ、もういかなきゃ、と言うのだ。 そうして過ごした14日。 きよが糸を巻く度に月は細くなり、月が細くなるごとにきよは淋しげな顔をした。 そして15日目の 次の夜。 おひさまが西の果てに消えるや否や、みよは大急ぎでお社に駆けていった。 今日は月が出る。きっときよが来る。 閉ざされた木格子の扉の前に、やわらかな黄色の影が見えた。薄黄の着物に月色の髪。きよだ。 「きよ!」 嬉しくてあげた声は、けれど途中でかすんでしまった。きよがとても淋しげに微笑ったから。 「あのね、おねえさまにお願いして、一晩だけ代わってもらったの」 ――お別れが言えなかったから。 ぽつりとこぼした言葉を、みよはどんな顔で受け取っていいやらわからなかった。たぶん、とても変な顔をしていたと思う。うれしいのに、泣きそうな気持ちでいっぱいだったから。 そんなみよに、きよは耳許でそっとささやいた。 「お月さまのつくりかた、みせてあげるね」 二人は神社の石段に並んで、ちんまりと腰掛けた。 きよが懐から糸巻きをひとつ取り出す。それと銀色のかぎ針と。 「ほんとは、おねえさまの仕事なんだけど」 糸巻きの糸を繰り出して、ちいさな指先で器用にかぎ針を操る。薄い金色の糸と、やわらかい銀色のかぎ針がきらりきらりと光って、みよはものも言えずにみとれていた。 永いような短いような時間がたって、みよが小さく息を吐いた。 まだ月のない闇夜にきよが掲げてみせたのは、細いほそい、糸のような三日月だった。 「見てて」 きよが言って、お社の左手に駆けていく。もちろんみよもついていく。 杉の木の根元、きよが屈み込んだのは、ちいさな池のほとりだった。 息を飲んで棒立ちになるみよにちらり目配せして、石を組んだ水辺に膝をつく。そうして両手に捧げ持った三日月を、そうっと水に浸した。 「あ」 みよが思わず声をあげたのは、三日月がすぅっと水面を走ったからだ。滑るように動いて、池の真ん中でぴたりと停まる。一瞬だけ、その輪郭が水に滲んだように見えて、すぐにしんと定まった。 「見て」 きよが言って指をさす。細い指を追って空を仰ぐと、東の空に、きよが放ったのと寸分違わぬ三日月があった。 「あれがね、 きよが口にしたのは、初めて聞く名前だった。 「三日月じゃ、ないの」 「うん、三日月はね、あさって」 きよが言って、 「明日が 唄うように月の名前を読み上げて、 「そうして満月になったらね、今度はお月様を解いて、糸を巻くの」 みよの眼を見て、そう言った。 「きよは、お月さまをつくってたんだ」 みよが感心したように呟く。それはなんとなしにわかってはいたけど、あらためて口にするととんでもなくすごいことな気がした。 「うん、でもね、全部の月をひとりでつくるわけじゃないのよ」 「睦月はむつねえさま、如月はゆきねえさま。いちばん綺麗な葉月はおおねえさまがつくるの」 だから変に編んだら承知しないわよってきつく言われちゃった。そう微笑って、空を仰ぐ。みよもそれを追うように月を見上げる。猫が細心の注意を払って爪の先でひっかいたように、文句のつけようもないくらい端正な月が浮かんでいた。 「だいじょうぶ、すごく綺麗」 みよが自信を持ってうなずく。 「そう?」 きよは本当に嬉しそうに笑って、そしてふわりとみよの耳に口を寄せた。 「あのね、ほんとうのなまえをおしえてあげる」 驚いたみよの顔を見て、月のように眼を細める。 「ほんとうはないしょなんだけど…秘密よ?」 こっそりとささやいた言葉は、ころころとやわらかく耳をくすぐる。 みよは、しっかりとその名前を胸にしまいこんだ。 「いけない、もう行かなきゃ」 きよ、だった少女が空を見て声を上げた。もう月が傾きはじめている。 じゃあね、と踵を返しかけた、その手首をひんやりした手がつかんだ。 「待って」 振り返ると、月明かりを受けて悪戯っぽく輝く黒い瞳。 「わたしも、」 引き寄せるように耳許にのびあがって、すばやく魔法の言葉をささやく。 だれにもないしょの、ひみつの名前。 唇を離すと、まんまるに眼を見開いた顔がそこにあった。 「みよ、ちゃんも…?」 「そう」 にっこり笑って、照れたように頬をかく。 「だからほんとは、わたしもねえさまに無理を言って代わってもらったの」 悪戯っぽい瞳と柔らかい瞳がぶつかって、笑いが弾けた。 そうしてごくごく自然に手が伸びた。 「じゃあ、また」 「また、七の月に」 しっかりとつないだ手に、笑みがこぼれる。 「次は一の日に会おうね」 「今度は“よる”のつくりかた、見せてね」 こっそりと笑いあって少女たちは手を振った。 ひとりは東に、ひとりは西に駆けていく。 東の空には、夜明けを告げる明星が顔をのぞかせていた。 -------------------------------------- 雲路の果ての黒崎さんにキリ番を踏んで書いて頂きました…! 一年間地道に狙ってきた甲斐があった!感動です。(笑) それにしても、いつもいつも本当に惚れ惚れする文章で、 神秘的かつ幻想的な黒崎さんワールド(笑)に引き込まれてしまいました。 きよちゃんとみよちゃんが、物凄く可愛い…っ!(くぅ!) 黒崎さん!こんなに素敵な小説を本当にありがとうございました…! |