雪の奇跡 季節は冬。 目が覚めた俺はたくさんのゴミに埋もれていた。体中が重くて動かない。 そんな俺に、小さな手が降り注いできた。 「ん?なんだろ、これ。」 俺はその時、何故だか分からないが声を掛けようと思ったんだ。 その盲目の少年に…。 「坊主、あんま、弄くりまわすなよ。くすぐってぇだろ。」 「なぁ、ダスト。俺の誕生日いつだと思う?」 「んあ?知るか。大体、お前の誕生日なんか知ったって、俺には関係ないね。分か ったら、集中して歩け、チビ。」 「また、チビっていったぁ。俺の名前はデイルだってばぁ。何回言えば分かるんだ よ。サイボーグのくせに頭悪いなぁ。このデカブツ。」 「なんだと。」 グリンゼル市。 ここは工業が発達し、その工場の煙でスモッグがかかり1年中が灰色の世界。 大気も汚染されていて冬には黒い雪が降る。誰一人としてここ数十年、白い雪を見た ことがない。植物も動物もいない、機械だけの世界。 「なぁ、ダスト。俺の誕生日は?」 「うるせぇ。んなことより、集中しねぇとまた…」 ドカッ!! 「あっ…。だから、言っただろ。」 「いってぇ。」 「大丈夫かい?」 チビのぶつかったそれは、低く優しげな声で問う。俺は、鳥肌が立った。そいつの顔 には、黒く美しいアゲハチョウの刺青があった。そして、道化師のような笑い顔で、 心配する声を出すのだ。まるで、チビのことをあざ笑うかのように…。 「大丈夫だよ。サンキュ。」 「君、眼が見えないのかい?」 「うん!小さい頃からなんだ。」 「そうか、それじゃぁ、何を盗まれても分からないだろう?」 「うん。何回かあるよ。」 「そうか、気を付けるんだよ。大事なものが奪われないように…。」 そいつは、一瞬俺の方を見て、不敵な笑みを浮かべた。 「それじゃぁ、僕は先を急いでいるから…。」 そう言うと、そいつはクスクス笑いながら、人込みの中に消えていった。 (見つけた…) 薄気味悪い声で俺は目が覚めた。時計の針は午前2時をさしていた。 チビは気持ちよさそうな顔でスーっと寝息をたてて寝ていた。窓からは蒼白い光が差 していた。 「見つけた。」 薄気味悪い声と共に、黒い影が俺を覆う。 「何だ、てめぇは。」 俺は、腕に仕込んである銃をそいつに向ける。 「静かにしなよ。君の大切な少年が起きてしまうよ。S級犯罪者“キル・ダスト”。 キルって名前の方が有名だから、取り逃がす所だったよ。少年には、今度から“キル” って呼んでもらった方がいいんじゃないの。俺たちも見つけやすいしさ。」 俺は、静かに言った。 「お前、何者だ。」 「僕は、賞金稼ぎだよ。ご存知の通り悪者見つけて殺すのが仕事さ。」 その時、工場のライトで、“賞金稼ぎ”の顔が照らされた。俺は息を飲んだ。あの時の 黒アゲハチョウだ。 「さすがに何人も殺しただけあって、いい殺気ぶつけてくるじゃねぇか。」 「あっ、わかる?まぁ、多少はね。実は、僕の恩師から君の抹殺命令が出てるんだよ。 君、色んな人から恨み買ってるんだって?んで、僕に依頼が来たってわけ。って事で君 には消えてもらうよ。…ホントはもっと早く片付けたかったんだけど、君逃げちゃうん だもん。ココに探しに来て良かった。まさか、こんな所にいたとはね。しかも、こんな 子供と…。」 「こいつには手出しさせねぇぜ。」 「もちろん。僕、こんなお子様殺る気になんないもん。」 俺は、フっと笑った。S級犯罪者の俺から、このチビを守ろうとする言葉が出たからだ。 「じゃぁ、やるか?」 「OK!この先の工場跡地で…。先に行ってるよ。」 そう言って、黒アゲハチョウは窓から姿を消した。 俺はチビの寝顔に別れを告げた。 「じゃぁな、チビ。」 何人もの奴との、別れを経験してきたのに、こんなにも名残惜しいなんて…。不思議だ…。 朝、少年が眼を覚ますと、人の気配がしなかった。 「ダスト!」 名前を呼んでも返事がしない。少年すぐに出て行ったと悟った。こんな経験は前にもし たからだ。その時は、母親だった。そして、その母親は二度とは帰って来なかったのだ。 少年は、静かに泣いた。前と同じように、声を殺して。誰にも悟られないように…。 「今朝、工場跡地で賞金稼ぎ“ビン・ビレッジ”の遺体が発見されました。死亡推定時 刻は昨夜の……」 朝のニュースが工場の機械音と車のエンジン音の中、流れた。。。 ダストが消えて5年が過ぎた。季節は冬。何十年も降る事がなかった “白い雪”が降り 出した。道路を歩く者は足を止め、働いている者たちは手を止めて、この数十年ぶりの 奇跡に眼を奪われていた。それは全てのモノを埋め尽くし、何も書いていない、真っ白 な紙の様に、まるで今までの事が無かったかのように、全てのモノを呑み込んでいくよ うだった。 その中に、一人の成長した少年が立っていた。 「………………………………………ダスト……………」 俯き、悲しそうに古い友人の名を呼ぶその少年の後ろから、偉そうで、嬉しそうな声が した。 「呼んだかよ、チビ…。」 振り向くと黒いコートを着た、偉そうな男の姿があった。 「呼んでねぇよ。デカブツ。」 視界のぼやけた瞳でそいつに抱き付き小さな声で言った。 「お帰り……。ダスト………。」 「帰ったぜ。………デイル。」 数十年に一度に降る冬の白い雪は、小さな奇跡を起こす鍵…。 それを、手にするのは、君………かもね(^^) ---------------------------------------------------- 「零」の暁様から頂いた相互記念です…っ! 冬の雪という、無駄に書きにくいだろ!というリクエストにも関わらず こ、こんなに素敵に書いて頂けるとはっ。素敵すぎですよ…!(感涙) ダストとデイルの関係が素敵です。なんかほんわりとした友情で… ラストの「数十年に一度に降る――」の言葉は本当に最後にピッタリで 読み終わったあとに、素敵な爽快感を下さいましたv では、暁様!本当にありがとうございましたv